1993 J-ROCK総洋楽化「おれたちインダストリア充」の巻 - ジェイロック回顧主義 #3

──BABYMETALの新しいMV(トレーラー)が来たんですけど、なんかものすごいX DEATH!!

BABYMETAL – イジメ、ダメ、ゼッタイ – Ijime,Dame,Zettai – Trailer

『Silent Jealousy』っぽいですもんね、すーちゃん、銅鑼叩いて倒れ込んでるし(笑)ライブでは定番曲だけど、満を持しての音源化!これはNMNLなCOREの皆さんが墨汁吐くほど『不均衡キネマ』の音源化待ち望んだくらいの勢いDEATH!!

──ものすごい狭いギャにしか解らないネタを挟み込むのはやめてください。

…。 今日の話題に入りましょうか。

「Xは興味ないけどhideは好き」って言う人、本当に多かったですから

──今回はhide(HIDE)氏の話から始めようかと思っているのですが、前回「90年代の日本のロックシーンにおける最重要人物」と言ってましたけど。

ですね、”Industrial Music”、これはThrobbing Gristle(スロッビング・グリッスル)と言うイギリスのバンドが77年発表のアルバム『The Second Annual Report』で“INDUSTRIAL MUSIC FOR INDUSTRIAL PEOPLE”というコピーを掲げたのが発端と言われているんですが、所謂電子音や機械音を主としたノイズミュージックの起源とも言える音楽。これをMinistryがメタルギターの要素を取り入れ、現在における世間一般的なインダストリアルロックの形となった。これを日本において解りやすく広めたのがhideだと思っています。

──hideの得意とするヘヴィロック楽曲、サイボーグロックなんて言ってましたよね、『DOBUT』や『POSE』のような。

Nine Inch Nailsを日本で広めたのって、多分hideなんですよ。インダストリアルロックの代名詞ってある意味NINの『WISH』だと思うんだけど、あのEP『Broken』(1992年)って発売当初はそんなに売れてなかった。勿論耳の早い洋楽リスナーの間では話題になってはいたんだけど、『WISH』のMVって放送禁止だったんですよね、だから世間に知られてるMVは95年の再編集版。事実上のNINのブレイクは94年3月の『The Downward Spiral』なわけで、方やhideは93年8月に『OBLAAT』や『DOBUT』なんて楽曲を世に出してる。その前くらいからNINやトレント・レズナーの名前をしきりに挙げていたし。そりゃ、そういう音楽をもっと早くからやってた人もいたけど、当時人気絶頂だったXのギタリストがああいう音楽をやった意味は物凄い大きいと思うんですよ。

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──俗に言う「ファンの耳を鍛える」というような。

『DOBUT』はMINISTRYっぽいし、インダストリアルではないけど『EARSE』なんてまんま、Jane’s Addictionでしょう。でも、じゃあ、MINISTRYやJane’sどの曲なのかと言えば、別にどれでもないんですよね、何となく雰囲気で似てるだけ。そういう洋楽のマニアックな音楽要素を噛み砕いて解りやすく表現するのが上手い。それは歌詞だったり、色々な要素はあると思うんだけど、何よりもキャッチー。やっぱり歌が入ってる以上、聴いてる人の耳にすっと入ってくる、口ずさむことが出来るというのは大きいです。

──でもサウンドはマニアック。知らず知らずのうちにリスナーの耳も肥えてくると。

だから事実上、彼の死後に発表となってしまった『ピンク スパイダー』なんて良い例ですよね。100万枚売れたけど、冷静に考えればそんなに売れる曲じゃないヘヴィロックでしょ。下世話な言い方をすれば「死ねばカリスマ」な中傷的な意見もあるのかもしれないけど。でもあの楽曲の凶暴なリフとサビのキャッチー性の共存は異常なわけですよ、サビとか誰でも口ずさめるじゃないですか。ヘヴィロックに見せかけて実はもの凄いキャッチーな解りやすい曲だった。じゃなきゃ、いくらなんでも100万枚は売れない。
バンドブーム前までは「日本の音楽は一切聴かない」ロックファンが沢山居たんですよ。それこそビートルズやピストルズをリアルに体感してきた世代とか。それがバンドブームが来て、日本のロックがより身近になった。当時の中高生からすればビートルズよりもXのほうがリアルなわけですから。ビートルズはロックもカントリーもやっていたし、サイケデリックもやっていた。そこからファンはルーツを辿るわけで。だからX世代だって「hideが言っているナイン・インチ・ネイルズってなんだ?」ってなるわけ。それこそマリリン・マンソンなんかそうですよね。初来日、渋谷クアトロが結構ガラガラで。その二年後、東京ベイNKホール。もう初来日とはまるっきり客層が違った(笑)

──マンソン曰く「おれが知っている唯一の東洋人はhideだ」と。

やっぱりアンテナが早い人。MIX LEMONED JELLYなんかもジャンルに捕らわれず色々やっていたし、普通に考えたらhideとは真逆に居たZEPETT STOREは一番良い例だとも思うし。Xのライブのソロコーナー『HIDEの部屋』もどんどんパフォーマンスがエスカレートして最終的にはソロ楽曲披露するライブ状態になってた。明らかに途中からギター弾くよりも楽曲作るほうが楽しくなってきたとみえて、ソロ活動では殆どギター弾かないようになったし。ギタリストがソロやるときって、歌うにしてもやっぱり「ギターを弾きながら」が基本じゃないですか。でもこの人はハンドマイクで走り回ってるほうがしっくりくるというか。そもそもギタリストからソロアーティストの地位を確立したのって、この人と布袋さんくらい?エリック・クラプトンはバンド時代も歌ってたからなぁ、そう考えると世界的に見ても居ないかも知れない。布袋さんもクラプトンもソロアーティストだけど、やっぱりギタリストだからなぁ。

──hideはあまりギタリスト臭しないですよね(笑)

Xも最初の頃はあまり弾いてない、客煽ってる(笑)。こういうこと言うとファンの人に怒られそうだけど、良い意味でこの人のプレイスタイルが良く解らないんですよ、大体どのギタリストもサウンドや手癖、お決まりのフレーズがあるけど、この人はあんまり、、、勿論Xのツインハモりフレーズはあるんだけど、あれはPATAとセットなところもあるし、根本的なフレーズはYOSHIKIが書いてたんじゃないのかなぁ。クラシカルな速弾きする人は多いけど、Xはもっとフレーズ、旋律として完成されてますよね。再結成後、SUGIZOが弾くとやっぱSUGIZO節なんだなって思ったし。そういう意味ではああいう譜面的フレーズを的確に弾く職人技術は凄いと思う。ソロ活動おいてはライブの印象が強いので、KIYOSHIが弾いてるイメージのほうが強いです。
当時のXやhideのバンドスコア、ド○ミ出版がね、腹立つくらいに採譜間違ってた。あれに騙された人多いと思います。あー、やっぱりHIDEのギターっていうイメージがよく解らない(笑)。Xにしても『Joker』や『CELEBLATION』あたりの楽曲のほうが「ああ、HIDEだ」って感じがする。フレーズやサウンドメイク以前に先ず楽曲ありきのギターだったし。そういう意味では昔からギタリストよりもアーティスト、クリエイター色が強かったのかもしれない。

──同時にヴィジュアル面でも強烈な個性を発揮していた人でした。

早くから『HIDEの部屋』でその片鱗はありましたし。ゴールデンタイムのテレビ番組で墨汁被って歌ってたりもしてた。写真集『無言劇』も衝撃でしたよね。ギーガー(ハンス・ルドルフ・ギーガー、Hans Rudolf Giger)のジャケット『HIDE YOUR FACE』もあったじゃないですか。異様にCD取りだすの大変な。ギーガーってそれこそ映画『エイリアン』(1980年)のデザイナーだったり、ゴシックデザインの分野でも革命的な人なんだけど。

──大河ドラマ「平清盛」で『タルカス』が話題になってるイギリスのプログレバンド、ELP(Emerson, Lake & Palmer エマーソン・レイク・アンド・パーマー)『恐怖の頭脳改革』(Brain Salad Surgery 1973年)のジャケットも手掛けております。

それらをリアルタイムで知らない世代は「ギーガーは“hideのジャケット手掛けた人”」という印象のほうが強いかもしれない。あとはKORNのジョナサンの不気味なマイクスタンドもギーガーのデザインです。

──その後、ファッション方面としてもLEMONedを立ち上げるわけですが。

ロックとファッションって昔から深く関わってきましたけど、コラボや企画じゃなくて本格的にやったのは衝撃でしたからねぇ。デザインもそれこそ黒服の枠をはみ出しちゃいましたよね。X『Jelousy』あたりまでは本人も黒服着てることが多かったけど、ソロ始めたあたりから段々派手になってきて、LEMONedで完全に蛍光色に行っちゃった。『PSYENCE』ツアーのピンク髪+蛍光黄色のつなぎが印象的で、代々木体育館の二ヶ月後、そのまんまのカラーリングでX JAPANの東京ドームやってましたから。
私服もラフでしたね、Tシャツにカーゴでジャージ羽織るだけという、〈小山田ファッション〉と言われていたスタイルです。当時は裏原宿ブームが来だして、古着だなんだ、代官山も今みたいにあんな綺麗な街じゃなくてよく解らん店が沢山あったし。アニマル柄も浜崎あゆみより先でしたから。

──そういう嗅覚の鋭さ、幅の広さが人を惹きつける魅力が凄かった方ですね。

「Xはあまり興味ないけどhideは好き」って言う人、本当に多かったですから。『Doubt』のMVでL7と絡んだりしてたでしょ。

Hide – Doubt
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当時は2年経てば「まだそんな音楽聴いてるの?」だったし、3年経てば忘れられちゃう

──インダストリアルと言えば、hideと同時にBUCK-TICKも色々やりだした頃ですよね。

hideがMINISTRYのアメリカ寄りのインダストリアルロックをやってましたけど、B-Tはイギリス寄りのインダストリアル、よりThrobbing Gristleに近い、EBM(エレクトロニック・ボディ・ミュージック)、インダストリアルノイズ、そっちの分野ですね。『Iconoclasm』みたいなヤツです。

──面白いなと思ったのは、hideのソロが始まったのも93年、B-Tの問題作『darker than darkness -style 93-』も93年。

一気にマニアックな方向に行きましたよね。XもB-Tも最初はミーハー的なもてはやされ方してましたけど、ここである意味リスナーの底上げですよ。でもそれについて行けなくなって離れたファンはあまり聞いた事ないなぁ。逆にそっから目覚めて洋楽に行っちゃった人は多かったけど。

──その辺りから、hideとB-Tの繋がりみたいなものが出来たような。

やってることも、本人の好きな音楽も多分微妙に違うんだろうけど、感性や嗅覚が似ているというか、それこそ黒服の人たちはXがダメな人多かったんですよ。でも何となくHIDEという存在は気になっていて。それがhideとしてソロ始めてから一気に繋がった感ありますよね。
あとやっぱり、ロッキン・オン・ジャパン、市川哲史氏の存在は大きかったと思います。読者も勿論、本人達も。一時期『ヴィジュアル系』の名付け親は市川さんだと誰もが思ってたくらい。

──『酒飲み日記』とかありましたからね、〈BUCK-TICK・ソフバ村〉なんて言葉もありましたけど、SOFT BALLETはどうですか、かなり早くからインダストリアルをやってた印象ですけど。

ソフバは、完全にEBMですね。言い方悪いけど、あまりメインストリームには出てくるバンドではなかったでしょう。勿論音楽がB-Tに比べるとマニアックだったというのもあるけど。決定的なのはギターが居なかったんですよ。これが何気に大きい。というのは当時、邦楽のマニアックなサウンド解析なことを追求する雑誌って、殆どなかったんですよね。それが出来たのは楽器専門誌。今みたいにDTMや宅録なんてアマチュアにとっては雲の上の世界でしたし。そうなるとやっぱり中心はギターになる。そんな中、音楽的なところまで深く掘り下げてたのはGiGSで。ギター中心に結構マニアックなインタビューやってたし、ギターやらない人でも面白かったはず。ソフバはギターとは無縁だったから、人気はあったけど、ある意味音楽的な一般評価はあまりされてなかったのかも知れない。あの不気味な世界観に魅かれた人は多かったけど、あれがインダストリアルだ、EBMだと思って聴いてる人は殆ど居なかったんじゃないかなぁ。それこそhideやB-Tがインダストリアルをやりだして、その土壌が浸透してからの後追い評価はあったと思います。それこそSCHAFTもあったし、藤井麻輝もギター弾くようになって、GiGSにも登場するようになった(笑)。アルバムで言えば『INCUBATE』あたり、このアルバムはMAD CAPSULE MARKET’Sの弦楽器隊が参加してますよね、このアルバムも93年!

BUCK-TICK & SOFT BALLET – Iconoclasm
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──濃いなぁ、93年、豊作ですね。

あと93年発売のアルバムと言えば、インダストリアルでは無いけどZi:KILL『ROCKET』がある。ポジパン路線から脱却してなんかもう、凄まじいんですよ、基本ブリティッシュロックなんだけど、Blurみたいなオルタナブリットポップをもう既にやってるんですよね。まぁ、Zi:KILLと言えば、yukihiro先生なんですけど。Zi:KILL辞めて、MAD CAPSULE MARKET’Sを辞めた室姫深と本格的なインダストリアルをやろうと始めたのがOPTIC NEARVE(1991年)で。今でもacid androidではマニアックなことやってますけど、これはキテます(爆)。ラルクでyukihiroを知った人がOPTIC NERVEに行き着いたときどう思ったんだろう。そのあとわりとすぐに、Die In Criesになるんだけど。

──Die In Criesも結構衝撃でした。

ギターシンセに5弦フレットレスベースですから(笑)。ドラムもキャノンタムやらロートタム5個、チャイナシンバル5枚、その他諸々でしたから。未だに『VISAGE』聴いても新たな発見というか、どうやってるのかよく解らないときあるもん。ドラムン・ベースやジャングルなんて流行りだしたのはもっと後でしたからねぇ。DICは室姫ソングライティングが本当に素晴らしくて楽曲、歌メロのクオリティがハンパなく高いんですけど、こと『VISAGE』に関してはもっとサウンド面も評価はされるべきですよ。未だに根強い人気のあるバンドだけど、このアルバムの8ビートロックとゴスとEBM、インダストリアルの融合は凄まじい。

DIE IN CRIES – Weeping Song

──そう考えると90年代前半というのはバンドブームが落ち着いて、アーティストもリスナーも日本のロック市場全体がより深くなったというか、価値観みたいなものが上がったとも言える時期なのかもしれませんね。

だから良くも悪くも命運が別れたのは1993年ですね。というのは、やっぱりそこについて行けないアーティストたちもいたんですよ。それこそ80年代の一時代を築いたバンドがどんどん解散する。ユニコーン解散が93年、ジュンスカ、寺岡呼人脱退が93年、ブルーハーツはレコード会社との契約上95年までやりましたけど、事実上の活動停止状態になったのが93年。他にも色々います。この辺のバンドは後のメンバーの活躍や昨今の再結成で伝説化されてますけど、実際最後のほうは結構、、、な状態でしたからね。その辺はアーティスト側の問題じゃなくて、時代の流れ。今でこそ、ある程度の音楽ジャンルもそれぞれ確立されたし、情報社会、ネットなどの影響で昔の音楽も最先端の音楽も同列で聴かれるようになったけど、やっぱり当時は発展途上の段階で、移り変わりは激しかったですから。この頃って、それこそツェッペリンやストーンズみたいなのは古いっていう風潮が世界的にどことなくあったんですよね。リスナー側も新しいものを求めているというか。2年経てば「まだそんな音楽聴いてるの?」だったし、3年経てば忘れられちゃう。

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──インダストリアルがジャンルとして定着しつつある中、もう少し後になるとミクチャーロック、ラウドロックシーンが出来上がってくるわけですけど、そこのつなぎ役として影響を及ぼしたのがTHE MAD CAPSULE MARKET’S。

MADは今井やhideがフェイバリットとして上げてた印象強いですけど、結構早い段階、インディーズの頃からFOOL’S MATEやGiGSには取り上げられてたから。まぁ、先述の二人の影響でファンが増えたのは事実ですけど。まぁ、今回出てきたバンド、hide、B-T、ソフバ、DIC、MAD、、、みんな当時はビクターなんですよ。

──あ!

だからアーティストの影響下は勿論なんだけど、ビクターがこの新しい音楽のムーブメントを作ろうとしていたのは確実だと思います。現に、1991年からコンピレーションアルバム『DANCE 2 NOISE』シリーズを発売してる。これが事実上メジャーが日本のインダストリアルを真面目にやった初の作品なんじゃないのかなぁ。SCHAFTもこれがきっかけですし。006(1993年)まで続いてます。B-T、hide、MAD、LUNA SEA、レピッシュ、町田町蔵、電気グルーヴ、、、層々たるメンツが大集結してます。これはインダストリアルだけではなく、80年代後半にイギリスで起きた『The Second Summer Of Love(セカンド・サマー・オブ・ラブ)』という60年代に起きたヒッピー・ムーブメント『Summer Of Love』になぞらえた四つ打ちのダンス・ミュージックのムーブメントを意識した部分もあったと思うんですけどね、アシッド・ハウス、レイヴ・カルチャーが本格的に日本に入ってきた歴史的作品です。このライナーノーツが久保田稔人氏なんですけど、結構挑戦的なこと書いてるんですわ、作り手も意欲的で相当な力と自信に満ち溢れてる作品です。

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──ここから本格的なミクスチャーロックシーンやデジロックに発展していくわけですね。その辺はまた次回ということで。

まだ90年代前半か、、、


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  • Music465

    90年代をほぼhideとXに費やしてきた僕としては、この回は堪らんものがあります。NINは再始動の準備してるって言ってますし楽しみです。

    • fuyu_showgun

      hide下のJ-Rock市場は大きいですからね