バンド&アイドルプロデューサーインタビューから興行・楽曲制作の現状を考える

佐久間正英氏、つんく♂氏という、バンドとアイドルというジャンル、そしてプロデューサーとしてのスタイルも両極端とも思える音楽プロデューサー。このお二人のインタビューがとても興味深かったので。

佐久間正英氏

日本で音楽好きと言えばこの人の手にかかった音楽を聴いたことないとは言わせないくらいの方ですね。そもそも日本で“音楽プロデューサー”という言葉が一般に浸透してきたのが90年代のTKブーム以降で。佐久間さんと言えば、GLAYやJUDY AND MARYの印象が強いですが、80年代の“プロデューサー”という言葉が浸透していない時代からBOØWYやブルーハーツ、THE STREET SLIDERSを手掛けてきました。現在の作詞作曲をも手掛けるクリエイター気質というよりも、監督的あポジションで全体像を見るプロデュース・スタイル。元々がプレイヤーなので、その辺りの気質も強く、ギター、ベースを弾く人なら一度は絶対耳にしたことがあるであろう、〈逆アングルピッキング〉を提唱した方。

Real Soundで『音楽プロデューサー佐久間正英が語る「未来の音楽のために」』という題で、全3回に分けてインタビューされています。

音楽不況を嘆くわけでも直接的に批判するわけでもなく、いかにも氏らしい問題定義的な内容です。

ここに触れられていることを踏まえていくつか。

果たしてライブは盛り上がっているのか?

『CD(音源)よりも興業(ライブ)に向いている』というのが昨今の音楽市場の方向だし、本来あるべき姿だと思っている。何度も言っていることだが、アーティストは音楽を作ってリスナー届けるのが仕事。CDや音源はそのための一つの手段でしかない。音源にこだわり過ぎてしまっていたCD売上至上比べれれば、興業に重きを置くことは良い方向であるとは思う。ただ、成功しているアーティストがどれだけいるのか?地方含めどのくらいの規模でやれているのか。地方ではライブハウス、都心部では数を絞りに絞って武道館という場合がほとんど。

今、ホールクラスで全国ツアーが出来るアーティストは、市場全体の何割居るのだろう。

そして、アマチュアにおけるライブハウスでのノルマ問題。ライブハウスは出演者にノルマを与えるので、ぶっちゃけ客が入らなくとも赤字にはならないシステム。逆に出演者はお金を出せば誰でもライブが出来る。だからライブするためにバイトする。バイトが忙しくて、思うようにバンドのスケジュールが組めない。

根本的要因はライブハウス業界のシステムに問題があるのだが。
昔は有名ライブハウスに出演するためにはテープ審査、昼時間のオーディションを経て通常の夜にブッキングというのが通例だったが、最近そういうハコも少なくなった。終演後の精算時に名物店長の小言を聞くのも、最近は「金払って出演してるのになんで怒られなきゃいけないの?」だそうだ。
そして、近年金のある企業による、音響・照明機器の整った小奇麗なライブハウスが異様に増えているので、老舗ライブハウスの立場は厳しくなる一方という現実がある。

海外のライブハウスはアマチュアだろうが出演すればギャラが貰える。しかし、オーナーが気に入ったバンドしか出演することが出来ない。日本のようにお金さえ払えば誰でも出演できるシステムなど存在しない。

フェスの価値

今まさに夏フェスが盛り上がってる真っ最中。『夏フェスファッション』なんて特集組まれているのもよく見かけるが、そもそも夏フェスなんてTシャツ+短パンで頭にタオル巻いてグシャグシャになるものだろう。

これも何回も言っているが、フェスが増えすぎて、実際収益が成功しているフェスは全体の何割だろう。
そして、有名フェスに出演することを目指すアーティストも多いが、何のためにフェスに出演するのだろうか?お客さんを増やしたいから?自分たちを多くの人に知ってもらいたいから?日本武道館やセールスではなく、どこどこのフェスに出ることを目標に掲げるバンドも多い。それは何のためだ?

見る側だって、「フェスで見るだけで満足してしまう人」が多くなっているのも事実。フェスで観て気に入り、音源を購入し、ワンマンライブに足を運ぶまでに至る過程は驚くほど遠い。

アイドル楽曲とボーカロイド

数年前までは作曲家にとって「アイドル楽曲提供」率先してやりたい仕事ではなかったと思う。もちろん手抜きをするとかそういう意味ではなくて、アイドルに楽曲提供が最終目標ではないということだ。

ある意味、アイドル楽曲というのものは大衆音楽であり商業音楽であり流行歌でもある。そんなポップスにちょっとマニアックな音楽要素を入れ込む。これが作曲家としての拘り、プライドともいうべきか。そんなネタがアイドルブームを皮切りにコアなリスナー(後の楽曲派と呼ばれる層)に見つかり、多ジャンルに拡がっていった。

ボーカロイドに関しては始めは趣味の範囲だった。バンドを組みたいけどメンバーがいない、男だけど女性ヴォーカルに歌って欲しい、そんな理想のDTMソフトだった。たまたま作品発表の場としてニコニコ動画などの動画サイトで火がついた、それがいつしか流行となり、ビジネスになっていく。
「アーティストになりたい」と同じように「ボーカロイドのPになりたい、それで食べていきたい」と願う人も増えた。有名なPになるとアーティストへの楽曲提供などの道も増えて来ている。

プロ顔負けのアマチュアの才能は計り知れない。それがネットによって見つかる可能性も増えた。レコード会社としてみれば、プロの作曲家に頼むよりも、そういった才能のあるアマチュア作曲家に以来するほうが、正直コストは安く済む。次から次へとそうしたアマチュアは沢山いるのだから。若い才能が活躍するには良い場なのかもしれないが、そのサイクルが早すぎる気もするのだが。

歌詞

自分は音楽に目覚めたきっかけが長渕剛だったので、悲しくなったり、励まされたり、歌詞、歌の力というものを信じている。その反面、BOØWYのような意味のないカタカナ英語を並べてるものも全然アリだと思う。洋楽は和訳でも読まない限り、耳から歌詞とその意味が入ってくることは少ないし、BGM感覚で聴いている節もある。声も楽器のような感覚になっているというか。そこはアーティストやジャンルに寄りけりだと思う。

「近年の歌は歌詞が、」なんてものは時代や個人主観であると思うので何とも言えないんだけど。ただ、テレビのバラエティ番組でテロップ入れることが当たり前になったり、TwitterやWebが主流となり、情報の早さを競い、流し読みが主流となってる中、「限られたところから読み取る力」みたいな部分が少し劣って来ているのかなとは思う。和歌の世界じゃないけど、簡素にまとめあげられた文章からの読解力ともいうべきか。

 

つんく♂氏

この人は言わずもがな、ハロー!プロジェクトのプロデューサー。汎用性より個性の我が強い人。ハロプロのスタンスはあくまでつんくとしての音楽性の延長戦上にある感じ。自分の音楽表現活動の一環として、自分が出来ないことを女性ヴォーカル、アイドルに託すというスタンスが強い。ヴォーカリストでプロデューサーというのも他に類を見ないタイプだし、作詞作曲は勿論、グループの人選、コンセプト立てや衣装、ヴィジュアル、セットリストにいたるまで統括しているプロデューサーというのも珍しい。

記事タイトルだけ見ると、ヲタ向けのようだが、作曲・作詞家として、それを目指すアマチュア、バンドマンに参考になるインタビュー内容。

上を見れば年間数百曲を手掛けるクリエイターもいるが、現時点でハロプロ全5グループ、この16年、1年にアルバム1枚、シングル約3枚をペース落とすことなく、定期的にこなしているからこその説得力。

この人の作曲/プロデューススタイルに関しては以前書いたこともあるんだけど。

色々統括プロデュースする割に制作に関しては一貫して、鼻歌主義。細かいアレンジは編曲家任せ。近年はクリエイター寄りのプロデューサー、作曲は勿論、アレンジやトラック作りまで一人でこなすスタイルが増えてはいるが、『餅は餅屋に任せる』スタイルである。専門的な、こと細かい音楽理論やDTMソフトの使用法を学ぶ時間があるのなら、より作曲に時間を費やしたいという考えだ。ならびに、自己に対してのこだわり過ぎることを防ぐためであるように思う。

やっぱり、近年思うのは、最近の子は楽曲をすぐボツにする。完成すらしてないのに。作曲のコツはとにかくたくさんの曲を完成させること。多くの楽曲をこなすことで見える手法がある。楽曲の善し悪しは自分たちではなく、聴き手が決めるものだ。DTMの発達で「懲り過ぎてるデモトラックを作りたがる傾向」もある、トラック作りや高音質を目指すことに時間を削ぐのなら、その分、多く作曲したほうが良い。

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バンド&アイドルプロデューサーインタビューから興行・楽曲制作の現状を考える

佐久間正英氏、つんく♂氏という、バンドとアイドルというジャンル、そしてプロデューサーとしてのスタイルも両極端とも思える音楽プロデューサー。このお二人のインタビューがとても興味深かったので。

佐久間正英氏

日本で音楽好きと言えばこの人の手にかかった音楽を聴いたことないとは言わせないくらいの方ですね。そもそも日本で“音楽プロデューサー”という言葉が一般に浸透してきたのが90年代のTKブーム以降で。佐久間さんと言えば、GLAYやJUDY AND MARYの印象が強いですが、80年代の“プロデューサー”という言葉が浸透していない時代からBOØWYやブルーハーツ、THE STREET SLIDERSを手掛けてきました。現在の作詞作曲をも手掛けるクリエイター気質というよりも、監督的あポジションで全体像を見るプロデュース・スタイル。元々がプレイヤーなので、その辺りの気質も強く、ギター、ベースを弾く人なら一度は絶対耳にしたことがあるであろう、〈逆アングルピッキング〉を提唱した方。

Real Soundで『音楽プロデューサー佐久間正英が語る「未来の音楽のために」』という題で、全3回に分けてインタビューされています。

音楽不況を嘆くわけでも直接的に批判するわけでもなく、いかにも氏らしい問題定義的な内容です。

ここに触れられていることを踏まえていくつか。

果たしてライブは盛り上がっているのか?

『CD(音源)よりも興業(ライブ)に向いている』というのが昨今の音楽市場の方向だし、本来あるべき姿だと思っている。何度も言っていることだが、アーティストは音楽を作ってリスナー届けるのが仕事。CDや音源はそのための一つの手段でしかない。音源にこだわり過ぎてしまっていたCD売上至上比べれれば、興業に重きを置くことは良い方向であるとは思う。ただ、成功しているアーティストがどれだけいるのか?地方含めどのくらいの規模でやれているのか。地方ではライブハウス、都心部では数を絞りに絞って武道館という場合がほとんど。

今、ホールクラスで全国ツアーが出来るアーティストは、市場全体の何割居るのだろう。

そして、アマチュアにおけるライブハウスでのノルマ問題。ライブハウスは出演者にノルマを与えるので、ぶっちゃけ客が入らなくとも赤字にはならないシステム。逆に出演者はお金を出せば誰でもライブが出来る。だからライブするためにバイトする。バイトが忙しくて、思うようにバンドのスケジュールが組めない。

根本的要因はライブハウス業界のシステムに問題があるのだが。
昔は有名ライブハウスに出演するためにはテープ審査、昼時間のオーディションを経て通常の夜にブッキングというのが通例だったが、最近そういうハコも少なくなった。終演後の精算時に名物店長の小言を聞くのも、最近は「金払って出演してるのになんで怒られなきゃいけないの?」だそうだ。
そして、近年金のある企業による、音響・照明機器の整った小奇麗なライブハウスが異様に増えているので、老舗ライブハウスの立場は厳しくなる一方という現実がある。

海外のライブハウスはアマチュアだろうが出演すればギャラが貰える。しかし、オーナーが気に入ったバンドしか出演することが出来ない。日本のようにお金さえ払えば誰でも出演できるシステムなど存在しない。

フェスの価値

今まさに夏フェスが盛り上がってる真っ最中。『夏フェスファッション』なんて特集組まれているのもよく見かけるが、そもそも夏フェスなんてTシャツ+短パンで頭にタオル巻いてグシャグシャになるものだろう。

これも何回も言っているが、フェスが増えすぎて、実際収益が成功しているフェスは全体の何割だろう。
そして、有名フェスに出演することを目指すアーティストも多いが、何のためにフェスに出演するのだろうか?お客さんを増やしたいから?自分たちを多くの人に知ってもらいたいから?日本武道館やセールスではなく、どこどこのフェスに出ることを目標に掲げるバンドも多い。それは何のためだ?

見る側だって、「フェスで見るだけで満足してしまう人」が多くなっているのも事実。フェスで観て気に入り、音源を購入し、ワンマンライブに足を運ぶまでに至る過程は驚くほど遠い。

アイドル楽曲とボーカロイド

数年前までは作曲家にとって「アイドル楽曲提供」率先してやりたい仕事ではなかったと思う。もちろん手抜きをするとかそういう意味ではなくて、アイドルに楽曲提供が最終目標ではないということだ。

ある意味、アイドル楽曲というのものは大衆音楽であり商業音楽であり流行歌でもある。そんなポップスにちょっとマニアックな音楽要素を入れ込む。これが作曲家としての拘り、プライドともいうべきか。そんなネタがアイドルブームを皮切りにコアなリスナー(後の楽曲派と呼ばれる層)に見つかり、多ジャンルに拡がっていった。

ボーカロイドに関しては始めは趣味の範囲だった。バンドを組みたいけどメンバーがいない、男だけど女性ヴォーカルに歌って欲しい、そんな理想のDTMソフトだった。たまたま作品発表の場としてニコニコ動画などの動画サイトで火がついた、それがいつしか流行となり、ビジネスになっていく。
「アーティストになりたい」と同じように「ボーカロイドのPになりたい、それで食べていきたい」と願う人も増えた。有名なPになるとアーティストへの楽曲提供などの道も増えて来ている。

プロ顔負けのアマチュアの才能は計り知れない。それがネットによって見つかる可能性も増えた。レコード会社としてみれば、プロの作曲家に頼むよりも、そういった才能のあるアマチュア作曲家に以来するほうが、正直コストは安く済む。次から次へとそうしたアマチュアは沢山いるのだから。若い才能が活躍するには良い場なのかもしれないが、そのサイクルが早すぎる気もするのだが。

歌詞

自分は音楽に目覚めたきっかけが長渕剛だったので、悲しくなったり、励まされたり、歌詞、歌の力というものを信じている。その反面、BOØWYのような意味のないカタカナ英語を並べてるものも全然アリだと思う。洋楽は和訳でも読まない限り、耳から歌詞とその意味が入ってくることは少ないし、BGM感覚で聴いている節もある。声も楽器のような感覚になっているというか。そこはアーティストやジャンルに寄りけりだと思う。

「近年の歌は歌詞が、」なんてものは時代や個人主観であると思うので何とも言えないんだけど。ただ、テレビのバラエティ番組でテロップ入れることが当たり前になったり、TwitterやWebが主流となり、情報の早さを競い、流し読みが主流となってる中、「限られたところから読み取る力」みたいな部分が少し劣って来ているのかなとは思う。和歌の世界じゃないけど、簡素にまとめあげられた文章からの読解力ともいうべきか。

 

つんく♂氏

この人は言わずもがな、ハロー!プロジェクトのプロデューサー。汎用性より個性の我が強い人。ハロプロのスタンスはあくまでつんくとしての音楽性の延長戦上にある感じ。自分の音楽表現活動の一環として、自分が出来ないことを女性ヴォーカル、アイドルに託すというスタンスが強い。ヴォーカリストでプロデューサーというのも他に類を見ないタイプだし、作詞作曲は勿論、グループの人選、コンセプト立てや衣装、ヴィジュアル、セットリストにいたるまで統括しているプロデューサーというのも珍しい。

記事タイトルだけ見ると、ヲタ向けのようだが、作曲・作詞家として、それを目指すアマチュア、バンドマンに参考になるインタビュー内容。

上を見れば年間数百曲を手掛けるクリエイターもいるが、現時点でハロプロ全5グループ、この16年、1年にアルバム1枚、シングル約3枚をペース落とすことなく、定期的にこなしているからこその説得力。

この人の作曲/プロデューススタイルに関しては以前書いたこともあるんだけど。

色々統括プロデュースする割に制作に関しては一貫して、鼻歌主義。細かいアレンジは編曲家任せ。近年はクリエイター寄りのプロデューサー、作曲は勿論、アレンジやトラック作りまで一人でこなすスタイルが増えてはいるが、『餅は餅屋に任せる』スタイルである。専門的な、こと細かい音楽理論やDTMソフトの使用法を学ぶ時間があるのなら、より作曲に時間を費やしたいという考えだ。ならびに、自己に対してのこだわり過ぎることを防ぐためであるように思う。

やっぱり、近年思うのは、最近の子は楽曲をすぐボツにする。完成すらしてないのに。作曲のコツはとにかくたくさんの曲を完成させること。多くの楽曲をこなすことで見える手法がある。楽曲の善し悪しは自分たちではなく、聴き手が決めるものだ。DTMの発達で「懲り過ぎてるデモトラックを作りたがる傾向」もある、トラック作りや高音質を目指すことに時間を削ぐのなら、その分、多く作曲したほうが良い。

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