V系黎明期「J-ROCKの夜明けだよ!」の巻 - ジェイロック回顧主義 #1


今日は以前触れていた「このあたり(90年代のファッション、ミュージック、特にヴィジュアル系、ゴシックの2000年代の時代背景含めたところは非常に興味深くて、改めて深く触れたいと思っています。」について是非深く触れていきたいなと。

「そんなことありましたね、すっかり忘れかけていました。」

だろうなと思いまして。過去にも「改めて深く触れたい」と言っておきながら、放って置かれてることが多々ありましたので、今日はこうしてインタビュー形式で無理矢理訊きたいと思っています。

「めんどくさいです。」

まず、2000年代の時代背景の地固めとして忘れてならないのは90年代のヴィジュアル系とバンドブームだと思うのですが。

「え?!そこから!?」

だって、このブログ、よくその辺の話題も結構出てくるじゃないですか。

「まぁ、そうなんですけど。80年代だと後追いの話もあるので。」

じゃ、始めますね。

「めんどくせぇ。」

BOØWYの功績は日本のロックバンドとしての形を確立した

──まずお訊きしたいのは“ヴィジュアル系”の語源をどう考えます?

語源説は色々あるんですけどね、1997年にMALICE MIZER、SHAZNA、La’cryma Christi、FANATIC◇CRISISという4つのバンドがデビューしてます。<ヴィジュアル系四天生>なんて呼ばれたバンドなんですが、これらに代表されるようなバンドを形容するためにメディアが都合の良い呼称を考えたんじゃないかと。
この年の流行語に“なごみ系”なんて言葉がノミネートされてる。“〜系”と呼ぶのが流行だったんでしょう。X JAPANの「PSYCHEDELIC VIOLENCE CRIME OF VISUAL SHOCK」が元だという話もあるけど、後付けっぽいですよね。この文章が当時キャッチコピーとして浸透していたかと言えば、疑問が残るし。HIDEが考えたとあるけど、市川哲文の本『さよなら「ヴィジュアル系」〜紅に染まったSLAVEたちに捧ぐ〜』によるとYOSHIKI曰く「俺が考えた」ことになってるし。あ、もしかしたらその関係者が(ry

──X界隈はどれが本当の話か解らなくなってる部分がありますからね(苦笑)
実際ヴィジュアル系という言葉が出来たことによって、外見だけで判断されるのを嫌がった風潮が出来たと言ってましたが、具体的にはどのような?

バンドがメイクをするのは自己表現の一環だったはずなんですよ。人と違うことをしたい、目立ちたいというような。先ず音楽ありきで。だけど、音楽を差し置いて見た目だけで判断されるような言葉ができた、そりゃ面白くないはずですよ。それにそういったブームにより、音楽をやりたいからバンドを始めるんじゃなくて、ヴィジュアル系をやりたいからバンドを始めるという人も出てきて。それがダメとは言わないけど、見た目と中身が釣り合ってないなぁと思うバンドが増えたのも事実。だから後発のそういったバンドたちと一緒にされるのがイヤだったんだろうなと。実際、デビュー当時と比べると90年代中期あたりから化粧が薄くなってるバンドが増えた。“脱ヴィジュ(脱ヴィジュアル系)”なんて風潮も生まれたし。黒夢がパンク化した節目となったシングル『少年』が発売されたのが97年、先述のヴジュアル系四天王のデビューした年というのも今考えれば。LUNA SEAのRYUICHIが河村隆一として活動を始めたのも97年。

──それ以前にメイクをしていたバンドってどんな扱いでしたっけ?

“オケバン”なんて言葉がありました、“お化粧バンド”の略。インディーズでは70年代後半からのパンクブーム、ナゴムなどのサブカルレーベル、COLORあたりのちょっと異色なバンドが出てきて、その後イカ天やホコ天バンドにも奇抜で変わったバンドがいたけど、全部“オケバン”。明確なジャンルの棲み分けなかったと思いますよ。メジャーでは歌謡曲からニューミュージックという言葉に移り変わろうとしてた時代。

──メジャーではBOØWYが出てきて旋風を巻き起こした時代ですね。以前BOØWYがヴィジュアル系の原点みたいなことを書いていましたが。

音楽を一つの文化として捉えると、民族学解釈では新しいことは同時多発に起こるものなんですよね。だからBOØWYがパイオニアだったかと考えると難しいところでもあるし、誰が最初に化粧して歌い始めたかなんて言い出したらキリがなくなる。ただ成功と影響力を考えるとやっぱりBOØWYの功績は良くも悪くも日本のロックバンドとしての形を確立したんだと思ってます。それはV系に限らず。勿論その前からCAROLだったり、メイクしていたバンドはRCサクセションも居たし。インディーズでは東京ロッカーズシーンがあったし、当時イギリスから発祥したニュー・ウェーヴ、ゴシック、ポジティブパンク、トランスレコードあたりのシーンもあった。実際AUTO-MODでギター弾いてたりしてた布袋さんがBOØWYでそういった要素と日本の歌謡曲を混ぜてスタイリッシュに魅せるという一つのロックの完成形を作った。当時はビートロックなんて言ってましたが、今でいうところのJ-Rockの根底にあるもの。結果として売れたし、成功したわけですから。何よりも音楽シーンが変わった。そこは直接的ではなくとも根強く今でも影響してると思ってます。

──今尚、影響力を与える伝説のバンドですからね。

ただ、伝説も美化されてますからね、当時はバッシングも多かったし。それこそハードロックやパンクロックから見れば“なよっちいロック”だとも見えるだろうし。「ボーカルが西城秀樹みたい」と皮肉ってるレビューもよくあったわけで。その辺は勿論有名税ですけど。

──バンドブーム含めてBOØWYフォロワーバンドだらけになった時代ですよね。

勿論影響受けてるバンドもいたけど、そうでないバンドも沢山居たのも事実。でもBOØWYブレイク後付近のバンドって、明らかにレコード会社側が売り出し方含めて明らかにBOØWYを意識させてるなというバンドも多かったなと。今よりももっとレコード会社やプロデューサーが主導権を握ってた時代背景もあったろうし。

──あー、よく新人バンドがレコーディングしたのに出来上がった音源聴いてみたら、、、みたいな話聴いたことあります。

まぁ、それは極端な話だけど(笑)でも制作側の意向でアレンジや構成を変えられるのはよくある話だし。
例えば、BOØWYとは音楽性もビジュアルも全く異なるZIGGYというバンドの代表曲で出世作『GLORIA』。この曲、ZIGGY楽曲の中でも異質の部類。アレンジもスッキリしてるし、イントロはZIGGYっぽいんだけど、歌に入ると「あれ?」ってなる。サビに行くと、、、

──あっ!BOØWYっぽいですよね。

そう、多分BOØWYが『GLORIA』演っても全く違和感ないと思います。売れ線、タイアップ狙いだったりとかそういう戦略もあったと思うんだけど。ただ、これプロデューサーがBOØWYの『MORAL』を手掛けた人。絶対に意識してない訳がない。

──そう言えば、BOØWYって元々ビーイングのバンドでしたね。

元々はコンテストで優勝したバンドのボーカル、ヒムロックを引き抜く形だったんだけど、結局辞めちゃった。それで紆余曲折あってBOØWYが生まれるんだけど、正直ビーイング的には自分たちの思惑とは別に動いたバンドだったから。だからやっぱりそんなに売れなくて、1枚だけで終わっちゃう。のちに彼らはプライベートオフィスを経てユイ音楽工房に移籍して、あとは知っての通り。

──ビーイング的には面白くない展開ですよね、逃がした魚は大きかった。

だから、ビーイング陣営にはBOØWYの呪縛みたいなものってあったんじゃないかと勝手に思ってます。現に90年代初頭、新しいタイプのビートロックバンド、T-BOLAN、WANDS、ZYYG、、、あたりをデビューさせてるし。この辺のバンドは明らかにBOØWY意識でしょう。
ちなみに「J-ROCK」と言う呼称もビーイングが最初ですね、95年に雑誌「J-ROCK MAGAZINE」創刊、テレビ番組「J-ROCK ARTIST COUNT DOWN 50」という番組が始まった。勿論自社のそういったバンドを盛り上げる趣旨もあったんだろうけど、当時台頭しつつあったラウド系のバンドも積極的に取り上げていて幅広くかなり濃い内容でした。

──「今週の似ている曲」というコーナーがありましたね。

禁断のパクリネタ(笑)あれ衝撃だった、B’zがハードロック化してパクリだの言われてた時代だから。流石に自社アーティストはネタに取り上げられてなかったと思うけど、好き勝手にズバズバやってたなぁ。残念ながらあのコーナー、途中で終わってしまった。外部からの批判があったのかも(苦笑)
他にもドラマー、ベーシスト、ボーカリストの各人気順位も毎週やってて。今考えるともの凄い濃い良音楽番組。あれがあったから、周りがビーイングブームに嫌悪感抱いてたけど、自分は嫌いになれなかったんですよ。

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BUCK-TICKはイギリス、Xはアメリカ、一緒に考えるのは難しい

──ポストBOØWYを巡っての椅子取り合戦の中、正統後継者とも言うべき同郷後輩のBUCK-TICKの登場になるわけですが。

それを言うなら、間にROGUEがいます(笑)

──ROGUEのベースの西山さんは20年以上ヒムロックの横でベースを弾いてる仲ですよね。

誰よりも一緒にやってる仲なんじゃないでしょうか。とりあえず、今回のV系流れだとROGUEはひとまず置いておいて、やっぱりBUCK-TICKの存在は重要。先述のようなレコード会社に口出しされることを嫌って、プロデューサーを立てないことを条件にデビューしたバンドです。当時のBUCK-TICKは演奏も歌もアレですから、、、その条件を呑んだビクターの大英断。その分自分たちの思うがまま、実験含めて色々出来ただろうし。

──BUCK-TICKと言えばやっぱり『惡の華』?

ですね。デビュー当時の逆毛スタイルも強烈でしたけど、『TABOO』からダークさが出るようになって。やっぱり『惡の華』のあんなにダークな世界観醸し出してるのにキャッチーな楽曲とアルバムはないですよ。ジャケット含めて音が伝わるというか。ゴス・ポジパンの香りってやっぱりマニアックな世界なんですよ。そこをBOØWYはスタイリッシュにそつなくこなしてたけど、BUCK-TICKはもう少しディープというか世界観を具体化した。だけど、決してマニアックではない。マニアックに逃げることは簡単だけど、充分過ぎるくらいメジャー感がある。

──『黒服』の始まりとも言えますよね

「お耽美」なんて言葉もあったり、今V系バンドって色んなジャンルのバンドが居るけど、我々のあの時代を見てきた年代はやっぱり「V系=黒服」というイメージがどうしてもある。今の若い子たちだって、あのジャケットとあの曲聴かせたら「あ〜」ってなると思うし。ちょっと目線をずらすとSOFT BALLETが居たけど、あっちはやっぱりマニアックだったし。

──X JAPANは?

Xはこの流れからすると完全に別枠ですよね。ヘヴィメタルバンドとして出てきたわけだし。もちろんメイク含めたビジュアルのインパクトはあったんだけど、じゃぁ、Xに影響されてああいうバンドが多く出てきたのかと言われたら実際はそんなでもなかったりもする。エクスタシーレコードとしての土台はあったけど、実際Zi:KILLにしてもLUNA SEAにしても音楽的な後継者ではなかったから。ビジュアル的にもそれらのバンドは黒服だし。

──LUNA SEAって、Xの弟分みたいな形容されてましたけど、実際師弟関係にあったのはAIONですからね。

そうなんですよね。91年にエクスタシーサミットを武道館で開催するわけだけども、あれを観に行ってた客の殆どはX目当てだったし、実際あそこに出てるバンドを知ってる人なんてごく僅かだったと思う。ただ「気合い入れて行くぞ!オラ!」という暴走族・体育会系ノリをメジャーのド真ん中でやったというね。色んな意味での決起集会だったと思う。だからV系が確立されたときに後追いで時代を遡ると、X、エクスタシー、というのはやっぱりデカイ。

──元々バラエティ番組から話題になったじゃないですか、そういうのもあったのかなと。

ただでさえロックバンドがテレビに出るのがカッコ悪いという時代ですからね、それでバラエティだし、大竹まこと司会で決起集会。やってることだけ見たら、コミックバンドだもん。オーケン的にいうと「インテリの黒服畑を体育会系の人たちが踏み散らかした」感。今でこそ広い意味での元祖V系としてBTもXも同列で扱えるけど、当時はたまったもんじゃなかったと思いますよ、黒服側の人間は。

──音楽的にもビジュアル的にも接点のない2バンド。HIDEと今井寿という二人が変態ギタリストとして繋がっていくのももう少し後の話ですからね。

そうですね、HIDEがhideとしてソロ始める辺りから取り巻く環境は変わって行くんだけど。結局BUCK-TICKはイギリスで、Xはアメリカ。前者はニューウェーヴやポジパンだけど、後者はハードロック、LAメタル、中々一緒に考えるのは難しいところです。そこを一緒に出来るヴィジュアル系という言葉は実に都合がいい(笑)

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日本ならでは多様性、雑食性は面白い

──イギリスの話が出たところで、V系の発端となってるのはゴシック・ポジティブパンクなんですかね?

難しいところではありますけど、多大なる影響を受けたという意味では大きなルーツの一つでしょう。アメリカの音楽史の中で“ブリティッシュ・インヴェイジョン”というものがあって。要はイギリス音楽の侵略。最初は60年代のビートルズ、ストーンズ、次に来たのが80年代のカルチャークラブ、デュラン・デュラン付近のニューロマンティック。このあたりは日本の音楽にもかなり影響を与えてるんですが。メイクやファッション然り。YMOや一風堂も居たし、勿論その辺りのバンドをフェイバリットとしてBOØWYもBUCK-TICKも挙げてるんだけど、ただニューロマンティックってシンセサイザーなんですよ。

──BOØWYもBUCK-TICKも鍵盤楽器は居ないと。

鍵盤でやることを全部ギターでやろうとしてた。ギタリストならずエフェクタリストという言葉も生まれたり。今井寿という人はギターシンセまでに手を出しちゃった。エイドリアン・ブリューみたいな人も居たけど、ああいう奇をてらったものではなくて楽曲の幅を広げるために使ってた。
このノー・キーボード編成はやっぱり大きいんですよ、今だってシーケンスの同期モノは良いけど、アレンジの一環だとしても鍵盤入れることに抵抗あるバンドも多いし。ゴス・ポジパンのバンドって基本ギターはシングルコイルでサウンドの拡がりを出すためにコーラスやフランジャーなどモジュレーション系エフェクトが肝になってる。それは布袋サウンドの要となるローランドのアンプ、JC(ジャズコーラス)になり、それがV系、J-Rockギターサウンドの代表格になりました。

──何となく、V系っぽいサウンドってありますもんね。確かにああいうサウンドって海外バンドにはないものです。

それらはサウンド、楽曲、メイク・ファッション含めてやっぱり日本独自の文化なんですよ。『惡の華』だって、ゴシック・ロックかと言えば全然違う。BUCK-TICKで本筋のゴス・ポジパンの香りがする楽曲は『PHYSICAL NEUROSE』だったりするわけで。でもやっぱり世間の思うゴスって、どちらかと言えば『惡の華』。それは何故かといえば、そのイメージをBUCK-TICKが作っちゃったんですよね。同じくらい有名な曲で『スピード』なんて曲もありますけど、こっちは派手でグラムロックの匂いがする。Xだって『BLUE BLOOD』と『Joker』じゃ明らかに路線というかジャンルそのものが違う。同一アーティストが演ってるだけで。

──1つのバンドが色んなジャンルの楽曲やるっていうのも日本独特のものかもしれませんね、海外だとパンクバンドはパンク、ハードロックバンドはハードロック。

日本にもそういうバンドいますが、ただV系バンドはこういう雑食なバンドが多い。アップテンポでスピード感のある楽曲でギターリフの激し目のイントロで始まるけど、歌に入ると無機質淡々とした演奏にメロディー性のない歌が乗る、そしてサビに向かって盛り上がり、泣きメロのサビ、熱唱系ヴォーカルに変わる、そして流れるようなドラマチックなギターソロが、、、なんて言葉にすると何の脈略もないし、詰め込みすぎだろなんて思うんだけど、、、

──いかにもV系楽曲って感じがします(笑)

LUNA SEA『ROSIER』みたいな(笑)だからこういう解釈というか雑食性は面白いと思いますよ、日本ならでは多様性、悪く言えば欲張りなんだけど。

──そういった日本独自の解釈、J-Rock、ビジュアル系の発展がのちに海外から見ると面白いと感じられ、受けるようになったと。

80年代にLOUDNESSを始めとするジャパメタバンドが海外進出を果たすわけですが、これは日本のロックを洋楽と同等に持って行った。これを模範モデルとして海外に進出しようとしたバンドもいたわけで。XはX JAPANに改名して海外に乗り出そうとするわけ、結局実現はしなかったけど、原因の一つに英語問題を上げてる。やっぱり海外で活動するには英語は必須だったはずなんです。それがいつの間にかそんなことはどうでも良くなった。今海外進出してるバンドも普通に日本語で歌ってる。イギリス人やアメリカ人がライブで日本語曲を大合唱してる。彼らは日本のバンドが何を歌っているのか知りたくて、日本語を学びたいと思う若者も増えてきているのも現状ですから。

──我々が洋楽に憧れたように外国人がJ-Rockに憧れる、凄い時代になりました。

洋楽コンプレックスなんていう言葉もあったり、洋楽に憧れてそれを意識して同等になろうとしたバンドも数多くいたけど、結果として日本独自のロックをやっていたバンドが評価されてしまったというのもある意味、皮肉なところでもあるんですけどね。

──そろそろ長くなってきたので、今日はこの辺で。次回はジャパメタやhideの話題について触れていこうかと思ってます。

何の話なのかサッパリ解らない内容になりましたけど、これでいいんでしょうか?


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