ロキノン信仰とオルタナ歌姫の巻 - ジェイロック回顧主義 #8

ロキノン信仰

──前に海外の「“インディーロック”における日本での呼称は“ロキノン系”だ」なんてこと言ってましたよね。

そこは日本では“インディー”よりも“インディーズ”という言葉が先行しちゃってますから。“ロキノン系”という言葉にある意味皮肉めいたものも含まれているのは承知の上で。セカオワみたいなバンドも所謂「下北系ロックバンドからのロキノン系譜」と考えればそれはまた違うんだろうけど。そもそも「ロッキン・オン・ジャパンに出ているアーティスト」「RIJFに出演するアーティスト」みたいな定義でもなくなってる訳ですし。今となっては、RIJFに毎年行ってる人もロッキン・オン・ジャパンを毎月読んでるわけじゃないでしょう。あんまり深く考えると負けだと思います。あくまで時と場合に使い分ける都合の良い言葉。

──いつから〈ロキノン系〉なんていう言葉が出始めたんですかね。

ここ数年だと思いますよ。ただ、言葉自体はなかったけど、90年代後半には〈ロキノン信仰〉みたいなものは始まって居たと思う。というのも、市川哲史氏退社後のロッキン・オン・ジャパン(以下、ROJ)の黒服・ヴィジュアル系排除の動き、そこには今まで出てたV系アーティストとの確執、いざこざも多々あった。そして世間ではヴィジュアル系がブームとなり、そこの代償や葛藤は過去に何度か触れていますけど、反面で「脱ヴィジュ(脱・ヴィジュアル系)」「ソフビ(ソフト・ヴィジュアル系)」というものもあったり。そこに洋楽志向やヘヴィ、ラウド、ミクスチャー、デジロック化がはじまったり。極端な話、今後の方向性はヴィジュアル系かそうじゃないか、ブームに乗るか乗らないか、が運命の分かれ道になっていった気がします。その指標の一つとして「ROJに出られるようなバンドになる」なんていう風潮が出来始めたんですよね。実際「化粧するのやめてROJに出ることを目指します」と言ってた若いヴィジュアル系バンドも多かったし。

──そんな黒服バンドがふるいにかけられる中、THE YELLOW MONKEYはROJに残りましたよね、彼らがヴィジュアル系なのかは別として。

当時は、すかんちやシャ乱Qまでもヴィジュアル系の括りに入れられたりの流れでしたから。ただ、THE YELLOW MONKEYがROJの表紙飾ったときは賛否両論あった。『smile』の前だったから事実上、まだ一般へのブレイク前。エレカシがメジャーと事務所契約切られたときも見捨てなかった、という美談化されてる話もあるけど、ああいうのは結果論なわけで。そこは先見の明というよりも、単純に好きだったから応援しただけと思うし。でも、売上やメジャーに左右されないスタンスというのはあの当時として珍しかったわけですから、やっぱり影響力は大きいわけ。
あとはやっぱり中村一義の影響力って大きかったと思うんです。ライブやらない、メディアには出ない、ほぼROJ内の人気と口コミでアルバムが売れちゃうみたいな。

──90年代中期ヒットチャート、小室哲哉やビーイング、そういうメジャー感とは違うところでの音楽ファンの心を掴んだ部分はありましたね。

特に90年代中期以降ってミリオンヒット連発の時代でロックファンには面白くない部分が多かったわけですから。こういう裏のムーブメントが出来るのも当然と言えば当然。ただ、それに対抗してたかどうかは解らないけど、ビーイングは雑誌「J-ROCK MAGAZINE」を立ち上げましたから。

でも、それこそ黒服・ヴィジュアル系や一部アーティストとのいざこざ含めて一部始終を見てきたR35世代は昨今の動き含め、ROJに良い印象は持ってないですけどね 苦笑

Smile
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BJCとTMGE

──そんな90年代後半にはミクスチャー、ヘヴィロック、ブリットポップブームなど、色んなジャンルが表立って来てますけど、夏フェスだったり、先述のロキノン信仰含めて、日本の音楽シーンにインディーロック市場が出来始めて来たわけで。何となくこの辺りのパイオニア代表格って、BLANKEY JET CITYとTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTという2つの存在が大きい気がするのですが。

そういうスタンスで、その2バンドがよく上げられますが、BJCは91年、TMGEは96年デビューだから結構誤差がありますよね。でも、どちらも流行に囚われない“インディー”なスタンスだったし、根本的な音楽性は最後まで崩さなかったから、あまりその誤差は感じないんだけど。ジャンルは違えど、周りに流されない硬派なロックをやっていた。BJCはイカ天でバンドブームの流れ、TMGEが出て来たころは、ミクスチャー・ヘヴィロック過度期の時代背景があったから、逆にああいうシンプルなロックは斬新だったし唯一無二でしたよね。

──そこから続く日本のロックシーンの影響に繋がる、ある意味洋楽コンプレックスを打破したところも感じるんですが。

BJCはロカビリー、TMGEはパブロック、という本来日本人の大衆性とは全く掛け離れたところが根底にあるんですけどね。でもそれが新鮮だったからウケたんじゃなくて、上手く日本人好みにやってたからだと思いますよ。ルーツは勿論向こうなんだけど、洋楽っぽさは感じない。BJCはどこかワビサビ哀愁感のある叙情フォークメロディだし、TMGEはとにかくひたすらキャッチーに徹してるという。だから、この二つのバンドで初めてロックに目覚めた当時の若者がStray Cats(ストレイ・キャッツ)やDr. Feelgoodにドハマリしたかというとそうでもなかったはずですし。

──そこは、黒服バンドの連中が自分たちの音楽探究心と共にファンをもそちらにいざなっていったスタイルとは違うところなのかもしれませんね。

そういう意味ではブルーハーツに似てるのかな。パンクロックという非大衆音楽でメジャーでの大成功を収めた。パンクって反社会性なのにどこか親しみ易さがあるじゃないですか。キャッチーな楽曲もそうだし。

──ブルーハーツはドラマの主題歌(TBS『はいすくーる落書』)にもなりました。

BJCもTMGEもインディーズで動員増やしてデビューしたわけじゃなくて、デビュー後にタイアップでブレイクした部分が大きいんですよね。BJCはイカ天のグランプリだからある意味華々しいデビューで実際オリコン10位以内に入ってたし。人気が不動のものになった『ガソリンの揺れかた』(1997年)以降の9枚のシングルって全部タイアップついてるんですよ。TMGEはデビューから新人とは思えないくらいコロムビアが総力を上げてプロモーションしてましたし、火種はロンブーの番組の主題歌『バードメン』でしたもんね。カッコイイだけじゃなくて、そこにメロディー性やキャッチーさがないとタイアップは無理ですから。

──TMGEと並べられることの多いBJCですが、デビューから数年はTHE MAD CAPSULE MARKET’Sとファンが被ってましたよね。

ほぼ同期ですからね、音楽性が似てないっていうのも逆に良かったんじゃないかなぁ。絵に描いたような不良感だったり。今でこそ落ち着きましたけど、当時は絶対BJCもMADも、この人たちク○リか暴力事件起こすと思ってたもん。実際コラボはしてかったけど、お互いのライブを観に来ているのはよく見かけてましたよ。音楽誌GiGSの対談企画は伝説になってます。あと、BUCK-TICKの今井寿がMAD推してたと同時に櫻井敦司はBJC推してた、そういうのも影響あったと思います、土屋昌巳氏がプロデュースしてましたし。何かB-T、ソフバ、MAD、BJCを1セットで聴いてる人たくさん居たもん、男も女も。そんな輩で代々木公園のフリーライブ行きました。

──伝説の!「今日はタダなのに、タダなのに来てくれてありがとう。」というMC含めて 笑

とにかく熱かった。CD貰えるっていうので、始発電車で行きましたよ。で、1時間くらい押したんだけど、楽屋でつま弾いてると思われるベンジーのギターがずっと外に流れてて。あれは上手すぎて衝撃でした。

──開演直後、中断したんでしたよね。

一曲目でね。なんか木が倒れたりしてた、、、熱い中散々待たされた鬱憤と、何よりあの頃の客は殺気立ってましたから 爆

ギヤ・ブルーズ
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オルタナ歌姫の台頭

──1996年のその頃、女性シンガーソングライターのムーブメントも始まります。

Coccoがインディーズデビューした頃に(1996年、Cockoでインディーズデビュー)hideが猛烈にプッシュし出すんですよ、「中島みゆきがNIRAVNA従えてる、これはヤバイ子が出て来た」なんていってね。だからhideファンからはかなり早い段階で話題になってました。それこそYOSHIKIが提唱した中二の破壊の美学「DIODRAMAの中に踊る自分の姿に瞬間(ひととき)の美学が少しでも感じられているのなら、心は傷だらけでもいい」なんてものをもっと解りやすい言葉で体言してくれる同世代の女の子が現れた。これは当時のバンギャの共感を得たのも当然だったわけ。今で言うメンヘラ気質、鬱ロックの始まりですね。

──変に飾ってないCoccoの人間性も共感を得た部分でもありますよね。

当時、UAも同時期に出て来たんだけど、「美人じゃない女性シンガーが今熱い」みたいな見出しをどっかで見かけて「あんまりだなぁ」と思いつつも納得した気もしました。もし、Coccoが超美人だったり、かわいいキャラだったらあそこまで指示されてなかったかもしれない。

──で、真打ちとも言える椎名林檎が登場してくるわけですが。

出て来た時は戸川純のパクリだの、アラニス・モリセットのパクリだの散々言われてましたが、いつの間にか大変なことに。最強中二病女性ロッカーだと思うんですよね、Coccoとは違うタイプだけどメンヘラ気質だし、アーティストを演じてる部分と内面的な部分の見せ方が上手い。冷静に考えると全然器用じゃない、器用貧乏なところがあるんだけどそれを感じさせない確信犯というか。コートニーになり切れない日本人気質、何となく女性版・清春みたいな匂いを感じてました。

──色んな部分での影響力大きいと思うんですけど。それこそベンジーも。

ベンジー・BJC人気は林檎ちゃんのおかげで3割増したと思ってます。あとやっぱりRADIOHEAD。この人が出てきてから『Creep』の人気が凄くなった気がする。当時は『High and Dry』のほうが人気あったはずなんですよ。今でも良く覚えてるのが横浜そごうにテレビ神奈川の公録スタジオがあって。誰でも観覧できるフリースペース。そこで番組名忘れちゃったんですけど、たまたま見に行ったら、ゲストが林檎ちゃんだった。まだ冠被ってた『幸福論』の頃。勿論見てる人は「誰だこれ?」状態だったんですけど、そこで「Creepの\ガガッ!/がアツイ」という話をしてまして。しかもCD音源じゃなくてライブじゃないとダメだと。パーソナリティーの人も「?」だったんだけど、検証してライブ映像流して見たらみんな「ああ〜」って納得した。確かにCD音源だといまいちだった。その後、色んなところで\ガガッ!/を推してました。

──Coccoと椎名林檎って爆音オルタナロックという共通項もあります。

この二人って、良いプロデューサーに巡り合えた部分が大きいと思うんです。ピアノやギターの弾き語りスタイルじゃ成立しない部分もあるし、小奇麗なアレンジだったらここまで成功しなかったと思うし。Coccoは根岸孝旨、椎名林檎は亀田誠治という人に巡り合えたことにより、楽曲アレンジは勿論、アーティストイメージの世界観、そして何より「ソロなんだけどバンドサウンド」という統一された音楽性という武器ができた。Cocco『カウントダウン』のサックスかよ!と思うくらいの堀越信泰のギターソロであったり。林檎ちゃんに関して言えば、ギタリスト・西川進の存在も大きいですよね。『正しい街』の引っ張っていくようなストロークタイム感や『ギブス』のZ.Vex Fuzz Factoryサウンドあたりは氏のギターじゃないと成立しないですよ。『勝訴ストリップ』ツアーの時はギターが西川さんじゃなくて正直、違和感ありまくりでした。同時にソロアーティストのバックバンドは、スタジオミュージシャンよりも個性のあるバンドマン気質のプレイヤーが求められる風潮も出来たと思います。あれによって、今の西川進があるわけですし。

──その後、出てきた矢井田瞳が“林檎フォロワー”と言われたり、女性ヴォーカルのオルタナティヴロックが増えました。ソロ、バンド問わず。

ヤイコは意図してたのか、たまたまそうなってしまったのか、謎な部分もあるんですけど。とにかく、レコード会社も第二の林檎を探してましたよね、でもそういう人たちは沢山いたけど、成功者は殆ど居なかった。アマチュア含め、どのくらい居たかなぁ。そんな中、圧倒的な存在感を放っていたのはfra-foa。Steve Albini(スティーヴ・アルビニ)が数曲手掛けてました。

──NIRVANA『IN UTERO』やMogwaiで有名なエンジニア、プロデューサーです。アルビニ起用って結構な力の入れ具合だったかと。

でもアルビニさんって、ギャランティ自体はそんなに高くなかったという話ですよ。本人が気に入らないとやらないスタンスだったみたいですが。その頃THE SLUT BANKSもやってますね。そうそう、亜矢という女性シンガーが居たんですよ、この人もアルビニ。ベースがKrist Novoselic(クリス・ノヴォセリック、NIRVANA)、ドラムがMatt Cameron(マット・キャメロン、Pearl Jam)、ギターがKim Thayil(キム・セイル、Soundgarden)とJohn Mcbain(ジョン・マクベイン、Monster Magnet)という泣く子も黙るバックバンドで2001年にデビュー。海外リリースもしました。あまり知られてないけど、その次のセカンドアルバム『BAGHDAD SKY』(2004年)が、初の日本人日本語ロックアルバムとして正式に海外メジャーデビュー(40ヶ国)したんです。当時のBMGジャパンで世界で最も売れた(出荷?)アルバムだとか。でも日本で成功したと言えるかどうかはまた別なんですけど。

BAGHDAD SKY
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──結局、第二の林檎フォロワーは現れなかったけど、あの界隈の盛り上がりは結構ありました。

正直椎名林檎の影響力と存在感が大き過ぎたというのが正しいかも知れないですね。でもそれっぽい人は沢山居たのは事実だし、そういう女性オルタナロックが完全に一つのシーンとして成り立ったわけですから。クリエイター集団、アゲハスプリングスの蔦屋好位置が在籍していたCANNABISとか亀田プロデュースでしたし、ビクターにはトルネード竜巻とか。インディーズにはSUGIZO絡みだったREDRUMやシュラフなんていう面白いバンドも居たし。でも個人的にはBUGY CRAXONEが売れなかったのが全く理解出来ない。女性ヴォーカルでギターを掻きむしりながら歌うバンドとしては世界でも五本の指に入ると思ってるんですけどね。『NORTHERN ROCK』は後世に伝えるべきロックアルバムだと思ってます。今でも頑張ってますけどね。

──今、また林檎フォロワーみたいなアーティスト増えてきてます。

小南泰葉や黒木渚とかね。相対性理論みたいな新しいスタイルのバンドが出てきたときに、女性オルタナロックバンドは終わりなのかなぁとは思ってたんだけど、当時はme-al artくらいしか居なかったし。割と早い段階で戻って来ましたね。

NORTHERN HYMNS
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ロキノン信仰とオルタナ歌姫の巻 - ジェイロック回顧主義 #8

ロキノン信仰

──前に海外の「“インディーロック”における日本での呼称は“ロキノン系”だ」なんてこと言ってましたよね。

そこは日本では“インディー”よりも“インディーズ”という言葉が先行しちゃってますから。“ロキノン系”という言葉にある意味皮肉めいたものも含まれているのは承知の上で。セカオワみたいなバンドも所謂「下北系ロックバンドからのロキノン系譜」と考えればそれはまた違うんだろうけど。そもそも「ロッキン・オン・ジャパンに出ているアーティスト」「RIJFに出演するアーティスト」みたいな定義でもなくなってる訳ですし。今となっては、RIJFに毎年行ってる人もロッキン・オン・ジャパンを毎月読んでるわけじゃないでしょう。あんまり深く考えると負けだと思います。あくまで時と場合に使い分ける都合の良い言葉。

──いつから〈ロキノン系〉なんていう言葉が出始めたんですかね。

ここ数年だと思いますよ。ただ、言葉自体はなかったけど、90年代後半には〈ロキノン信仰〉みたいなものは始まって居たと思う。というのも、市川哲史氏退社後のロッキン・オン・ジャパン(以下、ROJ)の黒服・ヴィジュアル系排除の動き、そこには今まで出てたV系アーティストとの確執、いざこざも多々あった。そして世間ではヴィジュアル系がブームとなり、そこの代償や葛藤は過去に何度か触れていますけど、反面で「脱ヴィジュ(脱・ヴィジュアル系)」「ソフビ(ソフト・ヴィジュアル系)」というものもあったり。そこに洋楽志向やヘヴィ、ラウド、ミクスチャー、デジロック化がはじまったり。極端な話、今後の方向性はヴィジュアル系かそうじゃないか、ブームに乗るか乗らないか、が運命の分かれ道になっていった気がします。その指標の一つとして「ROJに出られるようなバンドになる」なんていう風潮が出来始めたんですよね。実際「化粧するのやめてROJに出ることを目指します」と言ってた若いヴィジュアル系バンドも多かったし。

──そんな黒服バンドがふるいにかけられる中、THE YELLOW MONKEYはROJに残りましたよね、彼らがヴィジュアル系なのかは別として。

当時は、すかんちやシャ乱Qまでもヴィジュアル系の括りに入れられたりの流れでしたから。ただ、THE YELLOW MONKEYがROJの表紙飾ったときは賛否両論あった。『smile』の前だったから事実上、まだ一般へのブレイク前。エレカシがメジャーと事務所契約切られたときも見捨てなかった、という美談化されてる話もあるけど、ああいうのは結果論なわけで。そこは先見の明というよりも、単純に好きだったから応援しただけと思うし。でも、売上やメジャーに左右されないスタンスというのはあの当時として珍しかったわけですから、やっぱり影響力は大きいわけ。
あとはやっぱり中村一義の影響力って大きかったと思うんです。ライブやらない、メディアには出ない、ほぼROJ内の人気と口コミでアルバムが売れちゃうみたいな。

──90年代中期ヒットチャート、小室哲哉やビーイング、そういうメジャー感とは違うところでの音楽ファンの心を掴んだ部分はありましたね。

特に90年代中期以降ってミリオンヒット連発の時代でロックファンには面白くない部分が多かったわけですから。こういう裏のムーブメントが出来るのも当然と言えば当然。ただ、それに対抗してたかどうかは解らないけど、ビーイングは雑誌「J-ROCK MAGAZINE」を立ち上げましたから。

でも、それこそ黒服・ヴィジュアル系や一部アーティストとのいざこざ含めて一部始終を見てきたR35世代は昨今の動き含め、ROJに良い印象は持ってないですけどね 苦笑

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──そんな90年代後半にはミクスチャー、ヘヴィロック、ブリットポップブームなど、色んなジャンルが表立って来てますけど、夏フェスだったり、先述のロキノン信仰含めて、日本の音楽シーンにインディーロック市場が出来始めて来たわけで。何となくこの辺りのパイオニア代表格って、BLANKEY JET CITYとTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTという2つの存在が大きい気がするのですが。

そういうスタンスで、その2バンドがよく上げられますが、BJCは91年、TMGEは96年デビューだから結構誤差がありますよね。でも、どちらも流行に囚われない“インディー”なスタンスだったし、根本的な音楽性は最後まで崩さなかったから、あまりその誤差は感じないんだけど。ジャンルは違えど、周りに流されない硬派なロックをやっていた。BJCはイカ天でバンドブームの流れ、TMGEが出て来たころは、ミクスチャー・ヘヴィロック過度期の時代背景があったから、逆にああいうシンプルなロックは斬新だったし唯一無二でしたよね。

──そこから続く日本のロックシーンの影響に繋がる、ある意味洋楽コンプレックスを打破したところも感じるんですが。

BJCはロカビリー、TMGEはパブロック、という本来日本人の大衆性とは全く掛け離れたところが根底にあるんですけどね。でもそれが新鮮だったからウケたんじゃなくて、上手く日本人好みにやってたからだと思いますよ。ルーツは勿論向こうなんだけど、洋楽っぽさは感じない。BJCはどこかワビサビ哀愁感のある叙情フォークメロディだし、TMGEはとにかくひたすらキャッチーに徹してるという。だから、この二つのバンドで初めてロックに目覚めた当時の若者がStray Cats(ストレイ・キャッツ)やDr. Feelgoodにドハマリしたかというとそうでもなかったはずですし。

──そこは、黒服バンドの連中が自分たちの音楽探究心と共にファンをもそちらにいざなっていったスタイルとは違うところなのかもしれませんね。

そういう意味ではブルーハーツに似てるのかな。パンクロックという非大衆音楽でメジャーでの大成功を収めた。パンクって反社会性なのにどこか親しみ易さがあるじゃないですか。キャッチーな楽曲もそうだし。

──ブルーハーツはドラマの主題歌(TBS『はいすくーる落書』)にもなりました。

BJCもTMGEもインディーズで動員増やしてデビューしたわけじゃなくて、デビュー後にタイアップでブレイクした部分が大きいんですよね。BJCはイカ天のグランプリだからある意味華々しいデビューで実際オリコン10位以内に入ってたし。人気が不動のものになった『ガソリンの揺れかた』(1997年)以降の9枚のシングルって全部タイアップついてるんですよ。TMGEはデビューから新人とは思えないくらいコロムビアが総力を上げてプロモーションしてましたし、火種はロンブーの番組の主題歌『バードメン』でしたもんね。カッコイイだけじゃなくて、そこにメロディー性やキャッチーさがないとタイアップは無理ですから。

──TMGEと並べられることの多いBJCですが、デビューから数年はTHE MAD CAPSULE MARKET’Sとファンが被ってましたよね。

ほぼ同期ですからね、音楽性が似てないっていうのも逆に良かったんじゃないかなぁ。絵に描いたような不良感だったり。今でこそ落ち着きましたけど、当時は絶対BJCもMADも、この人たちク○リか暴力事件起こすと思ってたもん。実際コラボはしてかったけど、お互いのライブを観に来ているのはよく見かけてましたよ。音楽誌GiGSの対談企画は伝説になってます。あと、BUCK-TICKの今井寿がMAD推してたと同時に櫻井敦司はBJC推してた、そういうのも影響あったと思います、土屋昌巳氏がプロデュースしてましたし。何かB-T、ソフバ、MAD、BJCを1セットで聴いてる人たくさん居たもん、男も女も。そんな輩で代々木公園のフリーライブ行きました。

──伝説の!「今日はタダなのに、タダなのに来てくれてありがとう。」というMC含めて 笑

とにかく熱かった。CD貰えるっていうので、始発電車で行きましたよ。で、1時間くらい押したんだけど、楽屋でつま弾いてると思われるベンジーのギターがずっと外に流れてて。あれは上手すぎて衝撃でした。

──開演直後、中断したんでしたよね。

一曲目でね。なんか木が倒れたりしてた、、、熱い中散々待たされた鬱憤と、何よりあの頃の客は殺気立ってましたから 爆

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オルタナ歌姫の台頭

──1996年のその頃、女性シンガーソングライターのムーブメントも始まります。

Coccoがインディーズデビューした頃に(1996年、Cockoでインディーズデビュー)hideが猛烈にプッシュし出すんですよ、「中島みゆきがNIRAVNA従えてる、これはヤバイ子が出て来た」なんていってね。だからhideファンからはかなり早い段階で話題になってました。それこそYOSHIKIが提唱した中二の破壊の美学「DIODRAMAの中に踊る自分の姿に瞬間(ひととき)の美学が少しでも感じられているのなら、心は傷だらけでもいい」なんてものをもっと解りやすい言葉で体言してくれる同世代の女の子が現れた。これは当時のバンギャの共感を得たのも当然だったわけ。今で言うメンヘラ気質、鬱ロックの始まりですね。

──変に飾ってないCoccoの人間性も共感を得た部分でもありますよね。

当時、UAも同時期に出て来たんだけど、「美人じゃない女性シンガーが今熱い」みたいな見出しをどっかで見かけて「あんまりだなぁ」と思いつつも納得した気もしました。もし、Coccoが超美人だったり、かわいいキャラだったらあそこまで指示されてなかったかもしれない。

──で、真打ちとも言える椎名林檎が登場してくるわけですが。

出て来た時は戸川純のパクリだの、アラニス・モリセットのパクリだの散々言われてましたが、いつの間にか大変なことに。最強中二病女性ロッカーだと思うんですよね、Coccoとは違うタイプだけどメンヘラ気質だし、アーティストを演じてる部分と内面的な部分の見せ方が上手い。冷静に考えると全然器用じゃない、器用貧乏なところがあるんだけどそれを感じさせない確信犯というか。コートニーになり切れない日本人気質、何となく女性版・清春みたいな匂いを感じてました。

──色んな部分での影響力大きいと思うんですけど。それこそベンジーも。

ベンジー・BJC人気は林檎ちゃんのおかげで3割増したと思ってます。あとやっぱりRADIOHEAD。この人が出てきてから『Creep』の人気が凄くなった気がする。当時は『High and Dry』のほうが人気あったはずなんですよ。今でも良く覚えてるのが横浜そごうにテレビ神奈川の公録スタジオがあって。誰でも観覧できるフリースペース。そこで番組名忘れちゃったんですけど、たまたま見に行ったら、ゲストが林檎ちゃんだった。まだ冠被ってた『幸福論』の頃。勿論見てる人は「誰だこれ?」状態だったんですけど、そこで「Creepの\ガガッ!/がアツイ」という話をしてまして。しかもCD音源じゃなくてライブじゃないとダメだと。パーソナリティーの人も「?」だったんだけど、検証してライブ映像流して見たらみんな「ああ〜」って納得した。確かにCD音源だといまいちだった。その後、色んなところで\ガガッ!/を推してました。

──Coccoと椎名林檎って爆音オルタナロックという共通項もあります。

この二人って、良いプロデューサーに巡り合えた部分が大きいと思うんです。ピアノやギターの弾き語りスタイルじゃ成立しない部分もあるし、小奇麗なアレンジだったらここまで成功しなかったと思うし。Coccoは根岸孝旨、椎名林檎は亀田誠治という人に巡り合えたことにより、楽曲アレンジは勿論、アーティストイメージの世界観、そして何より「ソロなんだけどバンドサウンド」という統一された音楽性という武器ができた。Cocco『カウントダウン』のサックスかよ!と思うくらいの堀越信泰のギターソロであったり。林檎ちゃんに関して言えば、ギタリスト・西川進の存在も大きいですよね。『正しい街』の引っ張っていくようなストロークタイム感や『ギブス』のZ.Vex Fuzz Factoryサウンドあたりは氏のギターじゃないと成立しないですよ。『勝訴ストリップ』ツアーの時はギターが西川さんじゃなくて正直、違和感ありまくりでした。同時にソロアーティストのバックバンドは、スタジオミュージシャンよりも個性のあるバンドマン気質のプレイヤーが求められる風潮も出来たと思います。あれによって、今の西川進があるわけですし。

──その後、出てきた矢井田瞳が“林檎フォロワー”と言われたり、女性ヴォーカルのオルタナティヴロックが増えました。ソロ、バンド問わず。

ヤイコは意図してたのか、たまたまそうなってしまったのか、謎な部分もあるんですけど。とにかく、レコード会社も第二の林檎を探してましたよね、でもそういう人たちは沢山いたけど、成功者は殆ど居なかった。アマチュア含め、どのくらい居たかなぁ。そんな中、圧倒的な存在感を放っていたのはfra-foa。Steve Albini(スティーヴ・アルビニ)が数曲手掛けてました。

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でもアルビニさんって、ギャランティ自体はそんなに高くなかったという話ですよ。本人が気に入らないとやらないスタンスだったみたいですが。その頃THE SLUT BANKSもやってますね。そうそう、亜矢という女性シンガーが居たんですよ、この人もアルビニ。ベースがKrist Novoselic(クリス・ノヴォセリック、NIRVANA)、ドラムがMatt Cameron(マット・キャメロン、Pearl Jam)、ギターがKim Thayil(キム・セイル、Soundgarden)とJohn Mcbain(ジョン・マクベイン、Monster Magnet)という泣く子も黙るバックバンドで2001年にデビュー。海外リリースもしました。あまり知られてないけど、その次のセカンドアルバム『BAGHDAD SKY』(2004年)が、初の日本人日本語ロックアルバムとして正式に海外メジャーデビュー(40ヶ国)したんです。当時のBMGジャパンで世界で最も売れた(出荷?)アルバムだとか。でも日本で成功したと言えるかどうかはまた別なんですけど。

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──結局、第二の林檎フォロワーは現れなかったけど、あの界隈の盛り上がりは結構ありました。

正直椎名林檎の影響力と存在感が大き過ぎたというのが正しいかも知れないですね。でもそれっぽい人は沢山居たのは事実だし、そういう女性オルタナロックが完全に一つのシーンとして成り立ったわけですから。クリエイター集団、アゲハスプリングスの蔦屋好位置が在籍していたCANNABISとか亀田プロデュースでしたし、ビクターにはトルネード竜巻とか。インディーズにはSUGIZO絡みだったREDRUMやシュラフなんていう面白いバンドも居たし。でも個人的にはBUGY CRAXONEが売れなかったのが全く理解出来ない。女性ヴォーカルでギターを掻きむしりながら歌うバンドとしては世界でも五本の指に入ると思ってるんですけどね。『NORTHERN ROCK』は後世に伝えるべきロックアルバムだと思ってます。今でも頑張ってますけどね。

──今、また林檎フォロワーみたいなアーティスト増えてきてます。

小南泰葉や黒木渚とかね。相対性理論みたいな新しいスタイルのバンドが出てきたときに、女性オルタナロックバンドは終わりなのかなぁとは思ってたんだけど、当時はme-al artくらいしか居なかったし。割と早い段階で戻って来ましたね。

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