原宿ホコ天から渋谷系への巻 - ジェイロック回顧主義 #6

──久々のこのシリーズなんですけど、「そんなに長くなくてもいいからもっと頻繁にやりやがれ」というメールが多数来ております。

一部の人にはウケてるのかー。完全なる自己満足なんですけどね。そもそもバンドブームあたりからの今までの音楽シーンに埋もれてたものを掘り返るというか、なんとなく5回で走馬灯のように振り返るというようなイメージで始めたんですが。

──それが5回どころに収まらなく、内容も段々良く解らない方向になってきた 笑

着地点が自分でもよく解らなくなってきました。

──それだけ、ネタは色々あると。

まぁ、ありますけどね。自分の備忘録なんていうのも建前で。要は書きたいだけです。そもそもブログなんて自己満足ですから。しかも音楽ブログなんて末端の趣味の世界でしょ?やれエンターテインメントだー、音楽業界だー、なんていうと派手に聴こえるけど、実際色んなCD買ってライブ行って、なんてやってるの世間から見たらごくごく一部なわけですから。それで海外インディーロックだ、ヴィジュアル系だなんて言ったらもっとコアな世界なわけ、プラモとかNゲージが趣味の人より人口少ないと思いますよ、多分。
だからこういうブログやってるのもプライベートでは語れない趣味の世界の自分語りですから、クソな文章だけど。一応書いた以上は色んな人に読んでもらいたい気持ちはあるけど、それよりも書いたことで満足しちゃう部分のほうが大きい。

──共感者を求めてるわけじゃない?

単純に共感を求めるだけだったらSNSのほうが適してるわけで。そりゃ、共感されれば嬉しいけど、反論も含め、広い意味で共鳴してくれることのほうが意味あるかなとは思ってます。

──そんなこんななんですが、当初の主旨とは違う方向になっている節もあるので、あまり時系列を考えず、細々と気軽にやっていこうかなと思っているのですが。

終着地ナシってことですよね、助かります。

アイドルとバンドとロック

──黒服バンド以外の話題から始めようと思っているのですが、それこそルーツを遡るとキリがなくなるのでバンドブーム前後の80年代あたりの話から。

だとすれば、やっぱりチェッカーズじゃないですかね。

──そう来ましたか!

チェッカーズは勿論アイドルではあるんだけど、ロックバンドという定義が曖昧だった時代に、郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎という新御三家や、田原俊彦、近藤真彦、野村義男のたのきんトリオというアイドルブームの流れにバンドというスタイルを解りやすく浸透させた部分は大きいんじゃいかと。
楽曲はキャッチーだし、どこかグループサウンズの匂いも感じたり、ロカビリー要素もあったり、オシャレ感を演出した不良、CAROLや横浜銀蝿のそれとは違う、当時は“とっぽい”なんて言葉もありましたが。タータンチェックも流行りましたしね、その辺のファッションはのちのホコ天バンドに影響与えてますし。

──バンドとアイドル要素の上手く融合した形と。その辺はジャパメタの話でも触れてましたけど、バンドもアイドルに持って行きたかった時代の流れですね。

洋楽勢、ニューウェーヴのデュラン・デュラン、ジャパン、そしてベイ・シティ・ローラーズ、みんな音楽性よりもルックスを重視したアイドル性で火がついたわけじゃないですか。10代からスタジオミュージシャンとして活動していたCharだってアイドルデビューだし。長渕剛だって「遅れてきたカントリーシンガーアイドル」みたいなキャッチコピー付けられてた時代ですから。

──アイドルとアーティストの境界線な部分で言えば、男性ソロもそうですよね、吉川晃司や松岡英明みたいな。

ルックス重視で売り出されてた節もありますね、ただ、音楽性が軽視されていたわけじゃない。EPIC御三家なんて言われてた岡村靖幸、安藤秀樹、松岡英明あたりはもろにニューウェーヴの洗礼者だったし、松岡英明はA面ホッピー神山で、B面が布袋寅泰プロデュースなんていういかにもな形で。大沢誉志幸はデビュー当時から結構楽曲提供してた、安藤秀樹が吉川に楽曲提供したり、かなり入り乱れてますね。
ただ、良くも悪くもこの辺の人たちの音楽的評価は後年になってからで、当時はやっぱりアイドル的な印象がやっぱり強い。

──吉川晃司はBOØWYのアルバムに参加したりと積極的に脱アイドルを目指してた印象があります。

その辺は自然な流れに持っていった、結局COMPLEXになったわけだし。脱アイドルと言えば、チェッカーズも一時そんなウワサになりましたね。自分たちで作曲し始めた頃だったと思うけど、コンサートでペンライト禁止とか、バラードでの手拍子禁止とか、この辺はいつの時代でもファン論争になるマナーだけど、それらをオフィシャルとして禁止した。悪い言い方してしまえば「ミーハーファンお断り」なわけで、ファンの間で相当物議を呼んだ。それを含めて脱アイドルの噂が出たけど、当の本人たちは否定してましたよね。

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いつからか何かジャンルの壁が厚くなっちゃいました

──バンド周りの情勢なんですが、BOØWYの影響力やジャパメタ以外の部分だとCBS/EPICのソニー系も強かった印象が。

当時はまだレコードとカセットで、徐々にCDが始めて。背表紙が白地に赤丸(EPIC)か青丸(CBS)みたいな。この頃って、ニューウェーヴの流れもあるんだけど、ちょっと高貴でお洒落なスタイリッシュ、そんな雰囲気がありますね、ソニーのバンドは。初期米米CLUBやBARBBE BOYS、TM NETWORK然り、UNICORNもデビュー時は硬派なバンドでしたから。当時の言葉で言う“都会派”なんて言葉もあったり、ソロアーティストだったら、“シティー・ポップス”なんて言われたり。バブル突入期だったし、なんだろ、トレンディドラマじゃないけど、漫画で言うと『シティーハンター』の世界観。
そう言えば、ホンダの車でシティってめちゃくちゃ流行ったよなぁー。ファミコンゲーム『シティコネクション』にもなったし。うん、やっぱり、キーワードは“シティー”と“都会”だ。“ハードボイルド”って言葉も流行ってた、元々「固ゆで卵」の語源なんだけど、それをかけて、米米の『KOME KOME TV-ONODASAN』っていうビデオでジェームス小野田がゆで卵を頬張りながら、、、

──なんか例によって話が飛躍している気がしなくもないですが、言わんとしていることは解ります。

ただ、ニューウェーヴも然りなんだけど、米米観て「バンドやろう!」と思った人はおそらく少ないでしょ?TMもシンセ、キーボードを流行らせた影響はあるけど、まともにやろうとしたらお金掛かるし、、、そういう意味では音楽演者人口の影響力、良い意味で敷居を下げたのはホコ天やイカ天なのかなぁ。ジュンスカ、BOOM、THE FUSEとか。語弊のある言い方かもしれないけど、「おれたちもバンドできそう」って思える感じ。

──学園祭のヒーロー的存在というか。あの辺のバンドって独特な解放感とポジティブな印象ありますし。

パンクだと悪にならなきゃいけないし、黒服だとキメなきゃいけない、みたいな負担はなかったですから。勿論、そういうバンドも居たけど。

──長袖Tシャツにチェックのズボン、ラバーソール。

ラバーソールは走りにくいからガムテープでぐるぐる巻きにする 笑

──でもホコ天凄かったですよね、池田貴族のremoteあたりだと何百人集まってるんだ状態で。

終わったあと、みんなでゴミ拾いするんだよ、バンドもファンも一緒に。で、怪しいイラン人に偽造テレカ売りつけられそうになるんだよ、10枚1,000円とかで。

──何か完全に話それてますが。

竹下通りの入り口に「口笛おじさん」と呼ばれてた人が居たんだよ、「ぴよぴよ」「クルックー」なんて鳥の鳴き真似してる。

──だからー 笑

いや、そう考えるとあの文化って、黒服もオケバンもビートロックバンドも何もなくて全て入り乱れてるピースフルな場所だったなぁと。だって、テント村でキャスケットやモヘヤ買ってる人も、丸玉商店やイエローハウスで黒服づくめの人もイエローダックやハレルヤハッピーズで飛んでたわけで。昼間はBAKUでキャーキャー言ってた兵藤ゆきみたいなおねいさんが「夜はかまいたち観に行くんだー」なんて。いつからか何かジャンルの壁が厚くなっちゃいましたよね。

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「渋谷系」と「美学系」

──原宿話題が出たところでヴィジュアル系と真反対に居る「渋谷系」なんですが。

うわー、いきなり飛ぶなぁ

──「渋谷系」もいつの間にか出来た言葉ですよね?

フリッパーズ・ギターの頃はそんな言葉無かったと思うなぁ。記憶が曖昧なんだけど、おそらく小沢健二がソロ活動し出して「HEY!HEY!HEY!」でナマイキな坊ちゃんトークしてた頃(93〜94年)じゃないかと思うんですけど。田中宗一郎氏が言い出した説もあるけど、正直タナソウさん界隈は話半分にしておかないと(苦笑)ある意味、ヴィジュアル系よりディープな世界です。

──ロッキン・オン・ジャパンの市川派か山崎派かみたいな。

ジブン、市川チルドレンッスから。あの辺の抗争は露骨だったからなぁ(一同天地創造激爆笑)。解んないけど、小沢健二がヒットした裏で、小山田圭吾が所謂、博士的音楽っていうの?この言い方あまり好きじゃないんだけど、そういう偏差値高めの世界に行ったから、後追いでフリッパーズも神格化された部分あるのかなぁなんて個人的には思ってます。AORや山下達郎世代に当時のフリッパーズがどう写ってたのかは解らないけど、あの当時に「フリッパーズ・ギターが大好きです!」なんていう中高生男子なんて友達出来ないよ。女の子はお洒落要素含めて魅かれるのは解るんだけど、オリーブ少女。フリッパーズギターを「パーフリ」と呼ぶか「フリッパーズ」と呼ぶかで後追いファンかどうか解る。ただ、自分たちはすげーんだ、と高飛車インタビューは面白かったですけど。

──確かにコーネリアスで大分パーフリの評価変わったのはあるかも知れないですね。

J-Rock史上の問題作の一つ『69/96』がリリースされたのが1995年で。この頃にギター関連誌に結構出てるんですよ、レスポールレコーディングっていうレア機にステッカー貼りまくって。ライブでは「メタルだー!」ってフライングVで速弾きしまくってた。だからそっち方面の人たちにも「コイツやべぇー」と思われてた時期。実際、私の周り含め、あの「パーフリの小山田が今こんなヤヴァイことになってるのか」っていう声が多かった。丁度BUCK-TICKが『SIX/NINE』リリースした後、MAD CAPSULEが『神歌』の頃。

69/96
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──裏原宿ファッションの原型?とも言える小山田ファッションなんてのもありましたね、古着、ジャージにチノパンで帽子被って。hideが私服がそんなラフな感じになったのもその頃でしたよね。

元々hideがコーネリアスの1st『THE FIRST QUESTION AWARD』が好きだったらしいんですけどね、それで市川哲史氏がセッティングして『音楽と人』上でhideと小山田の対談を行ってる(1994年11月号)。これで意気投合して後にお互いの楽曲をリミックスしたりするんだけど。

──異色どころか敵対してたジャンルですよね。

因みにこの号で既に「渋谷系」という言葉は出て来てるんだけど、ヴィジュアル系はまだなくて「美学系」って言ってます。

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