ギブソンが申請した「米連邦破産法第11章」ってなに? 経営破綻は初めてじゃないって本当?

ギブソンが米連邦破産法第11章を申請。事実上の経営破綻。負債の返済期日を迎える8月初旬までもう少し踏ん張るかとも思ってましたが、考えれば現状における最善策であることは間違いなく。リアルサウンドテックでこの件について、コメントさせていただきましたが、噛み砕いたり、言葉を選んでいる部分もありますので、補足含めてもう少し具体的に解説します。

今回の件、「ギブソンが破産した」という部分が先行してしまっておりますが、目的としては「再建するために破産申請した」ということ。

注視すべきポイントは2つあります。

  • 今後もGibsonやEpiphoneの製品開発および販売は継続(オーディオ部門の子会社、スピーカーメーカーのKRK、Cerwin Vega(サーウィンヴェガ)も継続)
  • ヘンリー・ジャスキヴィッツ現CEOは、ギブソンに残って再建に尽力する
  • 破産したのに事業を継続することが可能なのか? というところですが、ひとくちに「破産」と言ってもいろいろあったりするわけで。そもそも破産とは「会社が潰れた」ことではなく、その前段階である、企業が債務の支払不能に陥ったり、経済活動を続けることが困難になった状態を指す言葉。誤解されがちであるため、ニュース媒体などでは「経営破綻」という言葉を用いたりもします。今回の件、アメリカ本国以上に日本で騒がれているのは、なんといっても「米連邦破産法」という仰々しい名前の破壊力の凄まじさなのでは。

    今回の米連邦破産法“第11章”は、日本でいう「会社更生法」と勘違いされることも多いのですが、「民事再生法」のほうが近いです。

    米連邦破産法(USCPA)とは?

    米連法破産法は米国の倒産関係の全分野をカバーしている法律です。重要なのは、Chapter7(第7章)とChapter11(第11章)なので、この違いを説明します。

    Chapter7は、“Liquidation=清算”、会社がなくなることが前提です。
    Chapter11は、“Reorganization=再建”、会社の経営再建が前提です。

    企業が経営危機に陥った場合、取りうる手続きは主にこの2つのどちらかになります。今回ギブソンが申請したのは、Chapter11(第11章)です。

    Chapter7は、管財人が必要となります。(Requires a trustee)
    Chapter11は、管財人は不要ですが、設定してもよいです。(Usually, a trustee is not appointed)

    管財人(かんざいにん)とは、民事再生法又は会社更生法に基づき、更生会社又は再生債務者(法人に限る)の業務及び財産を管理するために裁判所により選任される者。 民事再生法では、管財人は特に必要がある場合にのみ選任される。
    管財人 – Wikipedia

    管財人(trustee)が設定されると、破産者の資産は管財人の支配下に置かれます。破産者は管財人に資産を移すかわりに、負債を帳消しにすることができます。

    Chapter11の場合、管財人は不要です。破産人である債務者(旧経営陣)が管財人の立場で引き続き事業を継続することができます。ただし、債務者は経営再建計画を策定し、債権者の承認を得なければなりません。「債権者数にして過半数かつ債権額にして3分の2以上の賛成により承認されなければならない」と定められています。

    ギブソンは、ヘンリー・ジャスキヴィッツ現CEOが引き続き、再建を図ることで経営再建計画の承認を得たとのこと。そもそもギブソンは、ギター事業だけで見ればボロ儲けとまでは行かないまでも、少なくとも“赤”は出していない状況であり、すべては「音楽・音響分野におけるグローバルリーダーになる」と掲げた各国オーディオ企業の買収が元で引き起こした要因が大きく。それらを手放しさえすれば、再建は可能であるという判断が出たということです。まぁ、フェンダーも経営は順調といえど、莫大な負債があるのは事実ですし。

    ヘンリー・ジャスキヴィッツって何者?

    個人的な見解でもあるんだけど、よくわからない企業やハイエナのような投資ファンドにM&Aされる前に、破産申請出しちまえ! ってことだとも思うんです。要は、裁判所に認められ、法に守られながら再建に勤しむことができるってことですから。多くを望まなければ、現経営陣そのままに。

    ヘンリー・ジャスキヴィッツ氏って、元々はハーバード大学卒の投資家なんです。1986年に経営不振に陥っていたギブソンを買収したのは自分。だから、そうならないためにも先手を打った、みたいな。そういうと、ジャスキヴィッツ氏のイメージもあまりよくないように思えるけど、ZZ Top、Guns N’ RosesのSlashらとともにUKロンドンのウェンブリー・スタジアムで共演したりしているほど、ギタリストとしてのその腕は確かだとか。でなければ、伝統あるギターメーカーのCEOなんて務まらないよ。フェンダーのアンディ・ムーニーCEOもナイキ、ディズニー、クイックシルバー、という経歴だけ見るとあれですが、リッチー・ブラックモアの大ファンで、かなりのフェンダーコレクター。

    ギブソンの経営破綻は今回で3回目

    ギブソンはギターブランドとしては一流で数多くの名器を生み出してきたことは、あらためて言うまでもないことだけど、企業としても一流なのかといえばそうではない。ギタリストのレス・ポールと共同開発したレスポールでさえ、当初はレスが持ち込んだ“ソリッドギター”のアイデアを一蹴した、という話は先見の明のなかったギブソン社を表す代表的なエピソード。もしかしたら、世界初のソリッドギターはフェンダーではなくギブソンだったかもしれないね。あ、あと、売上不振により1960年にレスポールの生産をやめて、勝手にSGにモデルチェンジして、レス・ポールを怒らせて契約打ち切りになったというのも有名な話。

    最初の破綻〜ECLによる買収

    ちょうどこの頃のギブソンはChicago Musical Instrumentsの傘下(1944~1969年)。SGも売上良好とはいえず、ジミ・ヘンドリクスの登場やそれを受けて、エリック・クラプトンもジェフ・ベックも 、レスポールからストラトキャスターに持ち替えるなど、フェンダー人気に押され、、、結果として、1969年に、パナマに拠点を置くビールやセメントを扱っていたエクアドルの複合企業ECL(Ecuadorian Company Limited、のちにNorlin Corporationに社名変更)に買収されます。コングロマリット(全く異なる業種に参入する企業形態)が流行っていた当時のアメリカ情勢があったとはいえ、「いくらなんでも、、、」案件。一方、フェンダーを買ったのはCBS放送だし、あっちはそもそも買収ではなく、オーナーの身売りによる“売却”ですからね。

    この、“Norlin Era”(ノーリン期)と呼ばれる時代に発表されたモデルといえば、エンドースメントを再開したレス・ポールの好みを反映させ、ローインピーダンス・ピックアップや独自のサーキットを搭載した「Les Paul Professiona」「Les Paul Recording」、ミニハムバッカーが載った「Les Paul Deluxe」など、マイナーなレスポールと、デタッチャブルネックやメイプルフィンガーボードなどの、従来のギブソンでは考えられない仕様モデルが多く登場した時期。

    良く言えば技術革新、悪く言えば迷走ともいわれる、1974年に登場したフェンダー対向機種「Marauder(マローダー)」も不発に終わり、わずか5年で製造中止。そこから派生した3シングルモデル「S-1」は工業的な精度を疑うところもあったりなかったり。変形ギターにもなりきれず、Ovation(オベーション)「Deacon(ディーコン)」の“人間工学デザイン”を意識したんだろうけど「デザイナーに恵まれず残念な結果になっちゃいました」と思わざるを得ない「Corvus(カーバス)」は82年の登場から2年で製造中止。ただ、ブーメラン型PUを採用して79年にデビューした「Flying V2」と、77年にデビューした「RD」は椎名林檎もよく使ってたり、SUGIZOやDIR EN GREYのToshiyaが自身のモデルでもそのシェイプを採用していたりと、比較的マニアの中では人気のあるモデル。しかしながら、当時の状況をみればRDは79年、V2は82年に製造中止と、その短命さに不人気っぷりがうかがえる。

    そんな迷走期とも呼ばれる“Norlin Era”の中でも良くも悪くもいちばん「ひどいなぁ」と思えるモデルが、「Sonex(ソネックス)」(1980〜83年)。“Poorman Lespaul”なんて俗称もある廉価版レスポール。マローダーをリシェイプしたものなんだけど、注目すべきはその材。レゾンキャストとかレゾンウッドと呼ばれる、人工的な木材を使っている。この類といえば、メゾナイトを使用したDanelectroが有名ですが、そんな大層なものではなく、木の切れっ端を樹脂で固めてプラスチックでラミネートした、というなんともコメントしづらいもの。

    シンセサイザーなどのデジタル楽器の台頭、安くてクオリティの高い日本製ギター、フロイド・ローズの登場も“ギブソン離れ”に追い討ちを掛け、、、そんな瀕死状態のギブソンを買収したのが、ヘンリー・ジャスキヴィッツであります。

    迷走による2度目の破綻、そして再建へ

    ヘンリー・ジャスキヴィッツが行ったのは、社内の再編と生産工場の再構築。80年代にはまだ概念すらなかった“ヴィンテージ”に目をつけ、リイシュー(復刻)モデルの発売、のちのカスタムショップ〜ヒストリックコレクションに繋がった。その他、フラットマンドリンやバンジョーの生産を復活させた。

    そんな“古き良きギブソン”を再興させながらも、合成樹脂ボディのSteinberger(スタインバーガー)、イギリスのギター&ベース・アンプのメーカー、Trace Elliot(トレース・エリオット)、そしてヴィジョン・シリーズで知られるDTMソフト会社、Opcode(オプコード)など傘下におさめ、総合楽器メーカーとして発展している。

    そんな2度の破綻をしているわけですが、方法論は別として、ギター事業で経営不振に陥った過去2回の事例に比べれば、今回は買収失敗という明確な理由があるわけで、そのぶん、再建しやすいのではないかとも思えるわけです。

    木材問題

     最後に、叫ばれる環境保全による木材不足問題。

     2009年と2011年、ギブソンはアメリカ合衆国魚類野生生物局(FWS)と国境警備局(CBP)による捜索を受けているわけですが、この頃のギブソンといえば2007年からの日本法人設立により流通が滞ってしまったり、ウェイト・リリーフ加工によるいわゆる「肉抜き問題」があらためて騒ぎになったり、と杜撰な管理体制が指摘されていた時期でもあります。この木材に関する問題はギター製造にとっては死活問題ですが、実際はホンジュラス・マホガニーを筆頭に、環境保護の側面ではなく、限られた地域の木であるがため、マフィアやギャングによる横流し防止のためのワシントン条約登録でして。近年のローズウッドしかり、証明書類などの手間とお金さえ惜しまなければ、手に入らない訳ではないというなんともグレーな問題。

     世界の銘木と呼ばれる杢目も美しい良質な木材を使用し、伝統的な製法で作られるギブソンのギターと、家具屋が見向きもしない容易に手に入る木材を自動車の塗料で塗りつぶして、ネジ止めしたフェンダーのギター、と考えるとなんとも言えない気持ちになります。

    フェンダーとの企業体質の差、みたいな部分は先月こちらでコラムにしております。

     ヘンリー・ジャスキヴィッツが目指した「音楽ライフスタイル・ブランドとしてのギブソン」は、ナイキをビジネスモデルにしていたという話なのですが、そんなナイキを作ったのは、アンディ・ムーニーCMO(最高マーケティング責任者)、そう現在のフェンダーCEOだったというなんとも皮肉な。

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